2007年11月14日

『弁証法はどういう科学か』読書会のレポート

先日行った『弁証法はどういう科学か』読書会のレポートをS君が書いてくれたので、ここに紹介したい。




京都弁証法認識論研究会(仮称)

2007年11月4日の学習会で出された論点についてのレポート



2007年11月9日 S



目次



〈出された論点について〉



1、「ヘーゲル弁証法の改作」(64ページ)に関連して:「弁証法性」と「弁証法」を区別する意味とは何か?

2、歴史観に関連して:

(1)「鳥がまた卵をうむように、新しい社会のあとにはまた古い社会があらわれる」(51ページ)という結論があやまっていることをどうすれば説得力がある形で説明できるか?

(2)「資本主義の成立の必然性」をあきらかにすることが同時に資本主義の没落の必然性をあきらかにすることでもある(69ページ)というのはなぜか?

3、古代ギリシアにおける「弁証法」(ディアレクティク)はどういう意味で大切か?

4、フランスで機械的な唯物論が発達しドイツで観念論と弁証法が発達したのはなぜか? また、大陸で合理論が、イギリスで経験論が発展したのはなぜか? 当時の社会状況全般とのかかわりではどうなのだろうか? 

5、世界観の発展と弁証法の発展の関連について:

(1)世界観は大きく唯物論と観念論に分けられるが、「弁証法的世界観」とはどういう世界観なのだろうか?

(2)「思惟法則としての弁証法」とは何か?――次回学習会での課題として問いを立てる

(3)世界観の発展と弁証法自体の発展は、どのように関連しているのか?




〈感想〉



・・・・・・・



〈出された論点について〉



1、「ヘーゲル弁証法の改作」(64ページ)に関連して:「弁証法性」と「弁証法」を区別する意味とは何か?



 弁証法性と弁証法の関係は、法則性と法則の関係である。法則性とは対象の持つ基本的・普遍的・必然的な関係のことであり、法則とはそれを認識の中にすくいあげたものである。弁証法性とはこの世界のあらゆる事物・事象が持っている性質であるのにたいして、弁証法とはこの弁証法性を認識の中にすくいあげたものである。

 弁証法はもともとこの世界に存在しているものではない。現実の世界には、ただ運動・変化する事物・事象が存在しているだけである。人間が自らの頭の中に、対象の運動・変化するという性質を反映させて、意識的に創りだしたものが弁証法である。弁証法を創ることによって人間はより的確に対象の運動・変化をとらえられるようになり、その結果として、より的確に対象に働きかけることができるようになる。弁証法性から弁証法を学ぶとともに、弁証法から弁証法性へと適用する、ということを繰り返しながら、現実に役立てることができるような弁証法を自分の頭の中に創っていかなければならない。

 もともとこの世界に存在する運動・変化という性質としての弁証法性と、人間の頭の中に新たに創りださなければならない弁証法とは、きちんと区別しなければならない。この世界の部分として存在する事物・事象についてきちんと起源を確定するのが唯物論の立場であるし、人間性のすべてにわたって創って使うという論理構造がつらぬかれているというのが唯物論の立場である。





2、歴史観に関連して:

(1)「鳥がまた卵をうむように、新しい社会のあとにはまた古い社会があらわれる」(51ページ)という結論があやまっていることをどうすれば説得力がある形で説明できるか?



 「直観的に大づかみに全体の一面をとらえた」レベルにとどまっていれば、「古い社会から新しい社会への発展」も「卵から鳥がうまれる」のも同じようにみえてしまう。この結論が間違っていることをあきらかにするためには、ただ全体の一面をとらえるだけでなく、個々の物ごとのありかたの研究が必要である。古い社会から新しい社会への発展がなぜおきるのか、それはどのような過程的構造のもとにおいておこなわれるのか、対象の持つ構造に分け入って、卵から鳥がうまれるのとはどう違うのかを論じなければならない。

 鳥は卵をうみ、その卵からまた鳥がうまれるが、親としての鳥と子としての鳥は、まったく別の個体として存在する。社会の場合はそうではない。古い社会そのものが新しい社会に変わっていくのであって、古い社会からもう一つ別個の新しい社会がうまれてくるわけではない。古い社会から新しい社会への発展は、あくまでも一つの大きな流れである。古い社会での文化の蓄積をすべてふまえて、その蓄積の上に立って新しい社会が築かれるのである。歴史が流れれば必ず文化は蓄積していくのだから、そうした文化の蓄積をすべてなかったことにしてしまって、また古い社会に戻ります、とはならない。



(2)「資本主義の成立の必然性」をあきらかにすることが同時に資本主義の没落の必然性をあきらかにすることでもある(69ページ)というのはなぜか?



 歴史の流れのなかで新しいものが生成してくるにはそれだけの理由がある。それ以前に存在していたものでは解決できない問題が生じるからこそ、新しいものがうまれてくるのである。これが生成の必然性である。しかし、その新しいものが解決すべきであった問題が解決されることが、同時にまたさらに新しい問題を生みだすのであり、そのさらに新しい問題を解決するために、またさらに新しいものがうまれてくる必然性があるのである。

 つまり、歴史の大きな流れのなかで見ると、ある発展段階は、いわばある特定の問題の解決を託されているとみることができる。ところが、その問題を解決することが、同時に、その発展段階では解決できないさらに新しい問題を生み出すことを意味しているのであるから、新たな問題の発生とともに、その発展段階は歴史的な存在意義を失って没落していかざるをえない。

 したがって、大きな歴史の流れのなかで、ある発展段階がどういう問題の解決を託されて登場したかをあきらかにすることが、その成立の必然性と同時に没落の必然性をあきらかにすることにほかならないのである。資本主義についていえば、マルクスは、生産力を飛躍的に発展させて世界中の人々を文明化していくところに資本主義の歴史的な存在意義をみた。マルクスの立場からすれば、生産の社会化と生産手段の私的所有という根本矛盾を持った資本主義的な生産のしくみは、この課題を達成すると同時に、格差と貧困の拡大や恐慌による労働者大衆の生活破壊という新たな問題を引き起こすのであり、この問題を解決できない資本主義は、その歴史的な使命をはたしおえて没落していく必然性があるということになる。





3、古代ギリシアにおける「弁証法」(ディアレクティク)はどういう意味で大切か?



 対話・問答こそが弁証法の原点である。古代ギリシアにおいて、言葉でのコミュニケーション自体がままならず、相手が何を言いたいのかということのみならず自分が何を言いたいのかということすら定かではなかった状態から、しだいしだいに自分の言いたいことと相手の言いたいことのどこが同じでどこが違うかが明確になっていく中で、これまたしだいしだいに論点が整理されていくという過程をたどって、きちんとした討論ができるようになっていったのである。その結果として、「討論することが真理に到達する一番よい方法であることを知って、これを重要視しました」ということになったのである。

 人間の認識は問いかけ的反映であるから、たとえ同じ対象を反映しても、各人は自分のそれまでの経験をふまえて、それぞれなりに異なった感情をともなった像として描いてしまう。反映像と過去の経験による像とが合成されて一つの感情像として描かれるから、事実とその解釈の区別をきちんとつけることもできがたくなる。複数の人間の間で討論をおこない、おたがいの認識を交通させることでこそ、こうした個々人の認識のもつ限界を突破することが可能になる。同じ対象についてのそれぞれに異なる問いかけ的反映の像を交流することは、その対象をより的確に把握することを可能にするのである。「革命運動の指導者たちは、ロシアあるいは中国にあってマルクス、エンゲルスの著作を全面的に手に入れることができず、手に入った著作をさえ徹底的に研究し討論する条件にめぐまれていなかったために、原理的な把握に不充分なところがありました」とあるように、討論しなければ、原理的な把握が不充分なものにとどまってしまうのである。まさに「討論することが真理に到達する一番よい方法」なのである。

 認識ほどに運動・変化するものはないから、その激しく運動している認識どうしを交通させることほどに、認識を大きく発展させることはない。討論のなかで、問題を提起しそれを解決するということを繰り返すことで、認識と認識のあいだで劇的な相互浸透的発展がおこなわれうるのである。

  



5、フランスで機械的な唯物論が発達しドイツで観念論と弁証法が発達したのはなぜか? また、大陸で合理論が、イギリスで経験論が発展したのはなぜか? 当時の社会状況全般とのかかわりではどうなのだろうか?



 言語の問題、宗教の問題、気候風土の問題など、いろいろと理由は考えられる。こうした問いに答えていくためには、学問の歴史をたんに学問の歴史だけから見るのではなくて、大きな歴史の流れの一つの部分としてとらえていく必要がある。こうした問いかけをもって、『歴史の流れ』『世界の歩み』『世界史概観』『世界の思想史』などを読んでいくと、答えにつながるヒントが見出せるかもしれない。ともかく、このような大きな問いを創っておくことそのものが、とても大切なことである。



*「世界歴史とは弁証法的一般性レベルでは、人類の社会としての認識(戦争・商業・政治・文化をすべてふくんでの社会的労働)の発展の歴史である」(南郷継正「武道哲学講義〔T〕PART3」『学城 第2号』223ページ)。





6、世界観の発展と弁証法の発展の関連について

(1)世界観は大きく唯物論と観念論に分けられるが、「弁証法的世界観」とはどういう世界観なのだろうか?



 世界観というからには、世界全体のありかたをどう見るかというレベルの問題である。世界観における最も根本的な対立は、世界の起源をどう見るのかという対立であり、世界の創造を認めるのが観念論、世界の創造を認めないのが唯物論である。弁証的世界観と形而上学的世界観の対立は、世界の起源をめぐる対立ではなくて、世界のあらゆる事物・事象が絶えず運動・変化していると見るのか、そうは見ないのか、という対立である。

 実際には、世界のあらゆる事物・事象は絶えず運動・変化しているのだから、すなおに、ありのままにこの世界を眺めるならば、弁証法的な世界観になる。これに対して、形而上学的な世界観は、個々の物事の研究の飛躍的な発展を前提としなければ成立しない。直観的に大づかみに全体をとらえているだけでは、個々の物事を研究することはできないから、自然科学の発達は、自然の全体のつながりから部分をきりはなし、運動を静止においてとらえ、変化しているものを固定したかたちにおいてしらべるという形而上学的な方法によってこそなしとげられた。このような個々の物事の研究のしかたが、世界全体のみかたにまでもちこまれて成立したのが、形而上学的な世界観である。



(2)思惟法則としての弁証法とは何か?――次回学習会での課題として問いを立てる



 南郷継正は、新・旧二つの弁証法という言い方をしている。古代ギリシアにおける「弁証の方法」としての弁証法と、エンゲルスによって創始された「科学としての弁証法」である。それでは、この中間段階にあるカントやヘーゲルの弁証法は、弁証法の歴史のなかではどのような位置づけになるのであろうか? 三浦つとむは、カントやヘーゲルが弁証法を「思惟法則として理論化」したとして「弁証法の復活」という見出しをつけている(59ページ)が、この復活した弁証法は、新・旧二つの弁証法とはそれぞれどういう関係にあるのだろうか?



(3)世界観の発展と弁証法自体の発展は、どのように関連しているのか?



 (1)と(2)を踏まえて初めて、「弁証法的世界観→形而上学的世界観→弁証法的世界観」という世界観の発展と、「弁証の方法→思惟法則としての弁証法→科学としての弁証法」という弁証法自体の発展が、どのように関連しているのかという問題を考察することができる。





〈感想〉



 前回の学習会は、短時間でしたが、かなり深い討論ができたのではないかと思います。

 このレポートをまとめてみて、現実の世界の事物・事象の発展過程が問題の提起とその解決の過程としてとらえられるということを明確にすることができたことにより、なぜ弁証法の原点が問答・対話であるのかということについて、より深く認識することができました。根本的に言えば、「世界が過程の複合体であり、それぞれの過程が矛盾を原動力として発展していることは、とりもなおさず世界が矛盾の複合体であり、世界に多種多様の特殊性が発生し消滅するのはそれぞれ特殊の条件によって特殊な矛盾が発生し消滅していることを意味します」(『弁証法はどういう科学か』290ページ)ということなのでしょう。

 また、学習会後の飲み会の席で話題になった、偉大な人物はほぼ同時代・同地域に登場する(ドイツ観念論哲学におけるカント、フュヒテ、シェリング、ヘーゲルや、江戸時代中期の京都における伊藤若冲、円山応挙、曾我蕭白など)ということも、認識どうしの交通ほど認識を大きく発展させるものはない、ということにかかわっているのでしょう。

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2007年11月11日

『弁証法はどういう科学か』第2章

先日、三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)の第二章「弁証法はどのように発展してきたか」を読書会で扱った。レジュメ担当は僕だったので、そのときにつくった「要約」と「重要用語解説」、それに「重要哲学者解説」を載せておく。なお、「〜解説」は、ほぼ参考文献からの引用になっている点をお断りしておく。



要 約

<1>古代ギリシアからヘーゲルまで

原始的で素朴だが正しい世界観


 古代の人たちは、世界をすなおに、ありのままにとらえた。全てのものは運動し互いにつながり合っているという、原始的で素朴だが、本質的に正しい世界観を持っていた。しかし、この世界観は直観的に大づかみに全体の一面をとらえただけであるから、それだけでは部分のありかたを正しく説明するには不充分であった。
 とはいっても、古代ギリシアの学者は個々の物ごとのあり方も研究して、量的な変化が質的な変化をもたらすという事実にも注目していた。


ゼノンの詭弁

 古代ギリシアの哲学者ゼノンは、運動に関する難問を提出した。そこでは、可能性と現実性とのつながり、連続と非連続との統一、限界を越えることによって反対物に転化すること、運動は矛盾であることなど、現実の持つ重要な性格を問題にしていた。しかし、これらの運動の認識も、科学が未発達の時代には研究の方法としては役立つものとなりえなかった。
 ただ、古代ギリシアの哲学者たちは、二つの相いれない意見がたたかわされるというかたちで、矛盾が思惟において発生することを注目し、この思惟における矛盾をあばきだし、討論することが真理に到達するいちばんよい方法であることを知って、これを重要視した。そして矛盾を克服することによって真理に到達する技術を「弁証法」と呼んだ。
 この思惟の矛盾が外的世界の矛盾とのつながりにおいて正しく理解され、弁証法が現実の矛盾を研究する科学となるまでには、二千年にわたる自然科学と哲学との発展が必要だった。


形而上学的な見かたの妥当性

 変化しているものを一応変わらないものとして、つながっているものを一応別のものとして扱う見かたを、形而上学的な見かたという。形而上学的な見かたは、世界をせまい範囲で・短期において・見るときには妥当である。しかし、世界を広い範囲で・長期にわたって・見るときには、弁証法的な見かたが必要となってくる。


形而上学的な世界観の成立

 自然科学の研究は、形而上学的な方法で行われた。そのためこの方法を、世界全体の研究に持ちこんだり、この一面的な世界のありかたを世界全体のありかたとして考えたりするような傾向が生まれてきた。こうして18世紀の古典力学が完成した時代には、形而上学的な世界観がつくりあげられた。


弁証法の復活

 18世紀フランスの進歩的な思想家は、機械的な唯物論の立場に立っていた。これに対して、反動的なドイツでは、唯物論が排撃されたために、また、機械的に形而上学的に解釈するのでは人間の認識を正しく説明できないために、哲学は観念論の方向へ進むとともに、弁証法をふたたびとりあげ、これを思惟法則として理論化した。
 ドイツの哲学者カントは、二律背反を論じて、それが認識にとって必然的なものであることを主張した。ただカントは、この二律背反が客観的な矛盾に原因があるとは考えずに、何の性質も持っていない物自体に認識が諸性質を与えるのが原因であると解釈した。


ヘーゲル哲学の特徴

 ドイツの哲学は、カントからフィヒテ、シェリングを通ってヘーゲルにおいて完結する。ヘーゲルはカントの物自体論を反駁し、いわゆる「二律背反」は世界自体の持っている性質であると主張した。そして、客観的な矛盾が運動の原動力であることを見やぶった。かくして、世界全体を一つの過程として理解するとともに、その運動の内部のつながりを明らかにしようとする努力がなされた。
 しかしヘーゲルは観念論者であったために、努力があやまった方向へ持っていかれた。ヘーゲルは、個々の人間の精神に対する自然の先行を認めつつ、その背後に、それをうみだす精神として「絶対理念」の存在を主張したのである。そして、「絶対理念」→自然→人間→精神→「絶対理念」という精神の自己発展が弁証法であるとした。


<2>ヘーゲルからマルクスへ――唯物弁証法の成立

ヘーゲル学徒から唯物論者へ


 1840年代になると、ドイツでも宗教と封建制度に対する闘いが公然化した。ヘーゲル学徒は、宗教との闘いの中で唯物論の側へ導かれた。そしてフォイエルバッハ『キリスト教の本質』があらわれたが、これはヘーゲル哲学を廃棄していたため、内容的にはヘーゲルから後退していた。


ヘーゲル弁証法の改作

 ヘーゲル学派から生まれたマルクス・エンゲルスは、ヘーゲルを破りすてずに、その弁証法をとりあげ、これを唯物論の立場からつくりかえた。
 ヘーゲルのいわゆる「客観的弁証法」は、実は弁証法ではなく、全自然がそれ自身として持っている法則的な性格である。ここを批判し訂正することによって、弁証法は運動の一般的法則に関する科学にまで還元されたのである。こうして観念論的な弁証法が唯物弁証法に改作された。
 唯物弁証法は、マルクス・エンゲルス、それにヘーゲルとさえも無関係に、ディーツゲンによっても発見された。


唯物史観の確立

 マルクス学派は唯物弁証法を武器として、フォイエルバッハでは不可能だった、唯物論の立場から社会についての科学的な理論をつくりあげる仕事をし、唯物論的な歴史観が確立した。
 唯物論は物質的な生活が精神的な生活の土台であることを教え、弁証法は人間のありかたを一つのダイナミックな過程としてとらえることを教える。動物は自然から与えられているものを消費するだけであるが、人間は生活資料を生産しそれを消費することによって人間自身を生産するのである。この物質的な生活の生産の過程こそ、歴史を動かす原動力であり、現実の生きた人間を理解する基礎であることを唯物史観は主張する。


科学的社会主義

 資本主義的生産様式を廃棄することを目的とした社会主義運動は古くからあったが、資本主義そのものの深い分析なしにはこの運動も空想的なものに終わってしまう。マルクスは唯物弁証法を使って経済学を研究し、経済学の革命をもたらすと共に社会主義を科学としてうちたてた。


弁証法的世界観の復活

 19世紀になると、自然科学からうみだされた形而上学的な世界観は、自然科学そのものの前進によって個々の分野から崩されはじめ、ついに全自然がやむことのない運動の中に存在するという新しい自然観に実証的に到達した。これは弁証法的な世界観のヨリ高い段階における復活である。マルクス学派は、2000年来哲学者の獲得してきた貴重な成果を正しくうけつぎ、弁証法を方法としてのみ理論的な困難を突破できることを論じ、自然・社会・精神の各分野を科学的に結びつけて具体的な統一された世界観をまとめあげた。これは人間の思想の歴史が新しい段階にはいったことを意味する。


<3>現在はどうなっているか

観念論との闘争


 哲学一般はヘーゲルと共に終結する。唯物論はもはや哲学ではなく科学的な世界観となったからだ。しかし古い哲学もまだ生きのこっている。これらの観念論哲学と、マルクス学派の世界観および弁証法との間には、公然のあるいは隠然の闘いが続けられている。


マルクス主義の前進と後退

 マルクス、エンゲルス以後、唯物弁証法とその応用になる社会科学は、一方では目覚しい前進が見られると同時に、他方では停滞もあれば原理的な後退もあるという、不均衡的な発展を示している。革命運動の指導者たちはマルクス、エンゲルスの著作を徹底的に研究し討論する条件にめぐまれていなかったために、原理的な把握に不充分なところがあった。しかし、革命の功労者であった彼らのことばは絶対化されてしまい、その原理的な後退がほとんど指摘されていない。
 マルクス、エンゲルスの唯物弁証法を正しく理解できないために、マルクス以前の唯物論やヘーゲルと同じような弁証法を説く人もいる。あるいは原理的な修正を行ったり弁証法を否定したりする人もいる。


形而上学を否定する傾向

 マルクス主義では、弁証法も形而上学もあれもこれも必要だが、弁証法のほうがはるかに役立つのだと主張する。しかしソ連や中国ではこの形而上学の妥当性を一切認めない傾向がある。これもマルクス主義の修正の一つである。



付録1:重要用語解説

@弁証法
 新、旧二つの弁証法がある。旧弁証法は、古代ギリシャ時代に姿を現した「弁証の方法」である。弁証の術、哲学的問答法などとも呼ばれる。これは、弁論すなわち問答・議論・討論・論争を通じて相手の論の欠陥を暴きだし、自分の論の正しさの証をたてること、すなわち、弁じて証明することであった。新弁証法は、エンゲルスが創始した「科学としての弁証法」である。

Aゼノンの詭弁
 学的には「ゼノンの絶対矛盾」というべきもの。ゼノンは、学的=弁証法的論理で森羅万象=万物=世界の運動を止めてみせた。これが「飛んでいる矢は止まっている」の学的構造論であり、ここを理解できた学者は、歴史上ヘーゲルくらいとされる。

B形而上学
 エンゲルス→三浦つとむの流れにおいては、この言葉はアリストテレスの代表作たる『形而上学』に直接関わることはない、エンゲルスの、いわば哲学上の概念。事物を静的・固定的・絶対的にとらえる見かた・考えかたを形而上学的という。つまり、「形而上学的」とは対象を変化しない静止したものとしてのみ考えるのであり、「弁証法的」の対義語である。

C二律背反
 あることを証明するのに、一方ではAと証明でき、他方では非Aと証明できるといったぐあいに、正反対のことが同一のことでしっかりとまちがいなく証明できることをいう。律とは法則レベルのことであり、正しいもの同士が相反しているので二律背反なのである。
 弁証法ではこれを対立物の統一として解決できるのであるが、カントはそこが及ばず、結果として<物自体論>までいって観念論レベルで解くことになる。

D物自体
 カントは二律背反に悩んだあげく、二律が相反するのは、対象のゆえではなく自分の観念、すなわち頭脳活動のゆえとした。つまり、対象が二律になるのは、対象の性質が無なるがために、頭脳のはたらきで、どちらにもなる、としたのである。対象の性質は吾人の認識が与えるのであり、物自体の本質は無としたのである。

E絶対理念
 訳者によっては絶対精神、絶対概念などその人によって異なる。この「絶対精神」はヘーゲル哲学の本質そのものといってよい。「絶対精神」とは、ヘーゲルにあっては宇宙の根源であり、かつ、直接に全世界そのものである。自然の歴史も人類の歴史もすべて絶対精神自身の発展段階なのである。
 絶対精神は自らの内に発展の契機をはらんでおり、やがて自己転生して自然となり、また社会、そして精神へと転生して後、当初の絶対精神へと大いなる回帰をする。これが絶対精神の自己運動である。絶対精神の自己運動がヘーゲル哲学の根源であり、大道であり、歴史そのものである。


付録2:重要哲学者解説

@ヘラクレイトス(B.C.535頃-475頃)
 「万物は流転する」という金言を残した哲学者。彼は「有と非有とは同一のものである、すべてのものは有ると共に無い」といった。ヘーゲルは彼を讃え、「ヘラクレイトスの命題で、わたしの論理学にとりいれられなかったものはない」とまでいっている。万物の変化を論理的に否定する人々(パルメニデスなどのエレア派の人々)がいたからこそ、逆に変化を本質的なものとするヘラクレイトスの考え方が生まれた。

Aゼノン(B.C.490頃-430頃)
 エレア派の哲学者でパルメニデスの高弟。論理的な思索を得意とし、師の「すべての存在は一へ収斂する」「モノが運動することは不可能である」という説を擁護して、師の考えを否定すると、不合理な帰結が生じることを示すために四つのパラドックスを提出したとされる。ある命題を仮定し、そこから生じてくる矛盾を指摘することにより、相手を反駁する方法は弁証法の先駆として名高い。すなわち、ディアレクティケーの創出者はゼノンであり、かつ、カントの「二律背反」はこのゼノンが先駆者である、とヘーゲルは説く(ヘーゲル『哲学史』)。

Bカント(1724-1804)
 ドイツ観念論の創始者。自然哲学者として出立、太陽系の生成を説明した星雲説を発表。その後イギリス経験論やルソーの思想などをとりいれ、近代自然科学を基礎とした独自の哲学を樹立。

Cフィヒテ(1762-1814)
 カント哲学に感動し、論文をカントに贈呈して認められ、それを無署名で発表するや、カント自身のものと誤解され名声を得る。後に、カント哲学の徹底化を試み、またフランス革命の理念化と社会秩序の再構成をめざす。1806年ナポレオン軍の占領下で、祖国への情熱をもって『ドイツ国民に告ぐ』を講演し、ドイツ国民の士気を高揚させた。

Dシェリング(1775-1854)
 その大著『学問論』の中で、学問構築、哲学構築に弁証論(弁証法)の必須性をはっきり強調した。しかし、同時に哲学を「知識に向かう愛」のように説いて、ヘーゲルに批判されることとなる。

Eヘーゲル(1770-1831)
 ドイツ観念論哲学の完成者というより、人類史上初の学問としての哲学の完成間近まで到達した、世界最高の哲学者。全世界を絶対精神の自己発展から説く学問としての哲学体系を創る。

Fエンゲルス(1820-1895)
 従来の弁証法を、法則レベルの「科学としての弁証法」すなわち、弁証法の三法則に仕上げた創始者。

Gディーツゲン(1828-1888)
 ドイツの哲学者。独学により独特の弁証法的唯物論哲学を創造した。エンゲルスに「唯物論的弁証法」の発見者の一人と賞讃される。

H西田幾多郎(1870-1945)
 西洋哲学の「有」の立場を批判して「無」の哲学を説き、いわゆる「西田哲学」として、わが国の哲学界に大きな影響を与えた。観念論哲学を説いたとされるが、彼の論文は、哲学というよりは学問的には「認識論」としての構造をもつ。

I田辺元(1885-1962)
 日本における学問的レベルでの哲学の実力があるとされる唯一の哲学者。『哲学の方向』において、大哲学者カントの「二律背反」を見事に駆使して、哲学と科学の構造を論じきった。

<参考文献>
南郷継正『武道講義第四巻 武道と弁証法の理論』(三一書房)
南郷継正『武道哲学 著作・講義全集』第一巻、第二巻、第六巻(現代社)
加藤幸信「学問の発達の歴史」(『綜合看護』1996年3号所収)

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2007年01月29日

三浦つとむ読書会打ち上げ

先日、三回にわたる三浦つとむ読書会を打ち上げた。テキストは『マルクス主義と情報化社会』(三一書房)。1970年に書かれた7つの論文を収めた論文集であるが、「流石三浦つとむ!」と感嘆せずにはいられないものばかりだった。

「唯物史観小論」では、一般論を抽象する理由から説かれていた。「科学の体系と哲学の体系」は、南郷学派の完成された学問体系論、学問構築論からするなら、未熟といえないでもない気がした(例えば、「本質論」という言葉が出てこない)が、それでも、科学と哲学の体系の違いは分かりやすかった。今回扱った論文の一つである「断絶発想の流行」では、つながっているとともにつながっていない(相対的独立)という観点の必要性が、くり返し説かれていた。

また、最後の論文である「サイバネ発想のタダモノ論」では、弁証法と形式論理の有効性について、次のような記述があった。

「『すべての対象』『あらゆる問題』に採用されねばならぬ方法などというものを考えること自体が、わけのわからぬ頭の悪さの生んだ非科学的発想である。マルクス主義者と自称する人びとの間にも、これと同じ非科学的発想を信じている者がいる。彼らは弁証法を絶対化して、これこそすべての対象に普遍的に採用されねばならぬ方法だと主張するのだが、なんぞはからんその弁証法こそ、そんな万能の方法は存在しないのだという論理を提出しているのである。方法は対象から規定される。個別化学のそれぞれの分野は、それぞれの対象の特殊性から規定された特殊な方法を必要とする。……特殊性もそれなりの普遍性を持っているから、特殊性を正しくつかむための普遍性からの媒介という意味で、普遍的なものをとらえる必要があるし、その意味で諸科学の建設に共通した方法も考えねばならぬのだが、もっとも普遍化したところで運動し発展する対象と静止し固定した対象という対象的特性が残るから、そのために弁証法と形式論理というそれぞれ限界を持ち補い合う二つの対立する方法が両立することになった。」(pp.298-299)


三浦つとむもこういうことを言っていたのか、と思ったしだいである。

さて、読書会終了後、飲みながらメンバーの近況などを聞いた。まずS君である。やはりこの人は凄い!と思ったのは、既に『看護のための「いのちの歴史」の物語』を、3回通読したということだ。本文の重要箇所には赤鉛筆で線が引かれており、欄外には内容を理解するための図がいたるところに書き込まれている。彼は『綜合看護』の連載論文も、10回や20回は軽く読み込んでいた。今回の読書会で扱った「断絶発想の流行」の中に出てきた組織の「柔構造」・「剛構造」は、いのちの歴史の哺乳類・爬虫類と論理的に同一であるとの指摘や、組織が大きくなると指揮者なしにはやっていけないのは、いのちの歴史における魚類段階で運動器官と代謝器官の分化によって統括器官が必要となったのと論理的に同じだという指摘などは、学びの成果の一端というか、問いかけ像がそれだけの実力を持つほどに勉強しているというか、そんな気がした。彼は、経済史にしろ何にしろ、特定の分野を学ぶときは、やはり基本書をくり返して読まなければならない、ということを力説していた。また、山田某の会計の本2冊と、予備校教師細野某の経済の本3冊を勧めてくれた。読まねば。

次にKちゃんである。彼はアカデミックな世界の超エリートコースを突き進んでいる。この4月からは某有名国立大学で経済史を教えることになっている。そのシラバスを見せてもらった。学部生用の経済史の講義では、「経済史の視角」を説いたあと、古代から現代に至るの経済の発展の大きな流れを説いていくというものだった。このような経済史全体の流れを説く講義というのは、大学にはめったにない気がする(普通は、ある特定の時期の特定の地域の経済を説くのみであろう)ので、非常に面白いものになる気がした。一回聴きに行きたいと思っている。ただ、一つだけ不満を述べれば、シラバスを見ても三浦つとむ・滝村隆一を学びました、ということが読み取れない。言葉だけでも、「<共同体−即−国家>と経済構造」とか、「狭義の国家による経済統制」とか何とか、一目で滝村読者だと分かるようにしていただければ、僕的には盛り上がったのだが。その点、S君が某所に寄稿した書評などは、南郷学派の先生方がよく使われる言葉がちりばめられており(おそらく、本人は無意識的に使っているのであろうが)、そういう点でも楽しめるものだった。

最後にO君は、なんでもこれから超有名人に会いに行くのだという。その超有名人に関する卒論を書いた関係で、直接お会いできる機会を持つことができたらしい。僕も三浦つとむが生きていたら、卒論などとは関係なしに、会いに行ったのだが。またO君は、今年の4月から超有名大学院(?)の院生になるので、院での研究の基礎を固める意味でも、これから4月までの間に、専門たる教育の歴史に関して徹底的に学ぶらしい。目標は、中学生に分かるように、1時間で教育の歴史を説けるようになることだという。これは楽しみだ。実際にプレゼンしてもらって、僕も教育の歴史を学びたい。将来の夢として、『医学教育 概論』の教師版を書きたいともいっていた。原田隆史や向山洋一のような、理念を持った学校教育の実践家に学びつつも、それこそ自前の弁証法・認識論と直接に、自前の教育学概論を創ってほしいものだ。

次回からは「いのちの歴史」読書会になる。最初のレジュメは僕が書くことになっているので、何回も読み込むとともに、図を駆使した分かりやすいレジュメを創りたい。
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2006年10月07日

ディーツゲン読書会その3、4、5

ディーツゲン読書会はその2の後、3回行われて終了した。その3は、『人間の頭脳活動の本質』第4章「自然科学における理性の実践」、その4は同書第5章「『実践理性』或は道徳」、その5では「論理学に関する手紙」第1〜第8を扱った。

レジュメ担当は、その3がO、その4が僕、その5はメンバー全員がまとめてきた。以下にレジュメをアップしておく。

「論理学に関する手紙」は、第1の手紙と第2の手紙だけでもレジュメを読んでいただきたい。かなり面白いことをディーツゲンがいっているからである。たとえば、教育における権威や信念の重要性、あるいは、人間の解剖は猿の解剖に対する一つの鍵であること、などである。

次回からは三浦つとむ読書会になる。テキストは『マルクス主義と情報化社会』(三一書房)。


『人間の頭脳活動の本質』四.txt

『人間の頭脳活動の本質』五.txt

「論理学に関する手紙」(by Y).txt
「論理学に関する手紙」(by K).txt
「論理学に関する手紙」(by S).txt
「論理学に関する手紙」(by O).txt

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2006年06月10日

ディーツゲン読書会その2

先日、ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(岩波文庫)の読書会の第二回を行った。今回の範囲は「三 事物の本質」である。正直、ちょっと難しかった。ここには、三浦さんも引用している真理と誤謬に関する記述がある。このあたりはよく分かったが。。。

以下、Kちゃん作のレジュメと、僕がつくった「ディーツゲン年譜」を載せておく。




ディーツゲン『人間の頭脳労働の本質』      06.6.2

3 事物の本質

#事物の本質
・科学の対象すなわち物質は感覚的現象。科学は感覚的現象によって真の存在を、すなわち事物の本質を求める
→この本質は思惟能力においてのみ表れる
・感覚的現象(世界)は物質の変化から成り立っている。永遠に変化することのない物質は、現実には移り変わる形態の総和としてのみ存在。感覚的世界すなわち実践においては、永久のもの、同一のもの、本質的のもの、「物自体」は存在しない。
・このような感覚的現象が我々の脳髄活動の材料である。思惟能力は感覚の諸現象と接触して、感覚的に与えられた多様性を抽象し、本質的・一般的なものを認め(概念)、それを体系化する。
・当初、この過程は本能的になされるものであった。だが、科学的概念はこの行為を知識と意識とをもって繰り返し遂行する。

#真理
・本質および真理は同じ事柄に対する2つの言葉であり、理論的性質のもの。
→実践は事物の現象を与え、理論は事物の本質を我々に与える。そして、実践は理論の前提であり、現象は本質あるいは真理の前提である。
・一般者(一般に存在するもの、現存〔Dasein〕、感性)が真理である。だが、それは現実では特殊な方法と様式においてのみ存在する。
→真理は何れの事物にも多かれ少なかれ含まれており、特殊な存在にもその特殊の一般性あるいは真理がある。すなわち、思惟能力はあらゆる多様な現象のなかから同一のものを認める。

#真理と誤謬
・全ての思想・認識はそれが精神の現れであるという点で共通性をもっている
⇒認識と誤認との差異は相対的なものである。ある思想はそれ自体としては真でも偽でもなく、一定の与えられた対象と関係してのみ真になったり偽になったりする
⇒完全な認識は定められた制限のうちにおいてのみ可能。感覚的現象のある与えられた範囲内における一般者が真理であり、個別的なものあるいは特殊なものを一般者と称するのが誤謬である。誤謬は、感覚的経験が教える以上の一般的存在を騙る点で真理と区別される。誤謬の本質は逸脱である。
・思弁哲学は精神にのみ真理があり、虚偽は感覚にあると考える。だが、ディーツゲンの考えでは、感覚によって真理が得られ、誤謬の源泉は精神のなかにある。
・誤謬は先天的に真理を認識し、誤謬の反対物は後天的に認識する。先天的認識と後天的認識との関係は、哲学(信仰)と自然科学(知識)との関係に等しい。信仰は怠けることであり、科学は労働である。

おわりに
・思惟能力の本質は我々がその感覚的現象から得てきた概念である。




ディーツゲン年譜

1828年12月9日
ブランケンベルクに生まれる

1845年〜1849年
父の仕事場で、なめし皮の業務を習得する
フランス語に熟達する

1849年6月
アメリカ合衆国に渡航する
日雇い労働者として各地を渡り歩く
ときどき、なめし皮職人、ペンキ屋、教師の職に就く
英語を習得する

1851年
ドイツに帰って、父の製革所で働く

1853年
熱心なカトリック信者の娘と結婚する
商売を始めて成功する
半日働き、半日学問に充てる
フォイエルバッハと文通する
『共産党宣言』に感銘を受ける

1859年
再度渡米して、アラバマ州モントゴメリで製革工場を設立する

1861年
南北戦争からのがれるために帰郷し、父の製革工場の経営を引き受ける
マルクス『経済学批判』を読む

1864年春
ペテルスブルクに、官営製革工場の技術指導者として赴任する
工場の能率を5倍に高める

1867年末
マルクスと文通を始める

1868年
書評「マルクスの『資本論』」を書く
『人間の頭脳活動の本質』を書く
ペテルスブルクを去り、ラインのジークブルグに帰る
次第に生活難に陥る

1869年8月
社会民主労働者党に参加する

9月
マルクスが娘とともにディーツゲンの家を訪れる

1872年9月
ハーグで開かれた国際労働者協会の第五回大会に出席する
そこでマルクスは「これがわれわれの哲学者だ」と紹介する
旧友フォイエルバッハの訃報に触れ、涙する
ジークブルグ時代、多数の論文を発表する

1878年
逮捕され拘置所に勾留される

1880年
生業が行き詰まり、長男のオイゲンをアメリカに渡らせる
その後4年間、認識論と経済学に関する手紙を書き続ける

1881年
ドイツ帝国議会の議員にライプチヒ地方区から立候補し落選する
この頃、社会主義者や学生がしばしば彼の家を訪れ、教えを乞う

1884年6月
アメリカに移住する
社会主義労働者党の中央機関紙『ゾチアリスト』の編集指導を引き受ける

1886年3月
長男オイゲンが住んでいたシカゴの家に転居する

1886年
『認識論の領域への一社会主義者の進撃』を書く

1887年
『哲学の実果』をまとめる

1888年4月15日
心臓麻痺によって死亡する

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2006年04月16日

ディーツゲン読書会その1

ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(岩波文庫)の読書会を行った。今回は、「まえがき」と「一 序論」、「二 純粋理性或は一般的思惟能力」を扱った。

「まえがき」にある「哲学の歴史は私の一身において繰り返された」(p.10)との名言。いいですなあ。ヘッケル流にいうと「個体発生は系統発生を繰り返す」。僕も将来いってみたいセリフだ。

そして「序論」の冒頭。三浦つとむすらが引用しなかった(できなかった)名言。

「体系化ということが科学の全活動の本質であり、その一般的表現である。科学は我々の頭脳に対して世界の諸々の事物に秩序と体系とを与えようとするものに外ならない。例えば、或る言語の科学的認識は、それを一般的な類別と規則とに分類し或は秩序付けることを要求する。農業科学は馬鈴薯の収穫をあげることだけを目的とするものではなく、農業の方法と様式とに関して体系的秩序を見出し、その知識によって成果の予測をもって耕作できるようにしようとするものである。あらゆる理論の実際的の効果は、我々をしてその理論の対象の体系と方法とに精通させ、従って成果の予測をもって世の中で働きうるようにするところにある。経験は確かにそのための前提にはなるものであるが、しかし経験だけでは足らない。経験から発展した理論、すなわち科学によってはじめて我々は偶然のたわむれから免れることができる。科学によって我々は意識的に事物を支配し、絶対に確実に処理することができる。」(p.14)

科学の本質を指摘した箇所であるが、僕は「成果の予測をもって世の中で働きうるようにする」という文言で、原田隆史氏を思い出す。原田氏は次のようにいっている。

「私が実践してきた取り組みは『未来信仰』といえるかもしれません。子どもたちに『未来をいじる力』をつけさせたいと考えているのです。」(原田隆史『本気の教育でなければ子どもは変わらない』、旺文社、p.190)

原田氏は中学教師時代、陸上部を指導して、7年間で13回の日本一に導いた。原田氏の指導を受けた生徒の何人かは、「最後の大会の第六投目で中学新記録を出す!」とか、「明日の何時何分に何点取って総合優勝を決める!」と予告して、その通りに実現してきたという(予告優勝)。まさに、原田氏の指導によって生徒たちは「偶然のたわむれから免れ」、「意識的に事物を支配し、絶対に確実に処理」したわけである。「必然性の洞察」によって「自由」を獲得した、といってもいいかもしれない。いずれにせよ、原田氏の教育は、生徒の頭の中に科学的認識を育てる教育だといって間違いない。

さて、第2章の「純粋理性或は一般的思惟能力」では、「純粋理性」の批判がなされている。つまりカント批判である。ディーツゲンは、ヘーゲルを媒介とすることなく、カント批判から直接唯物弁証法を発見したのである。それも、今の僕と同じく、半日働いて、半日学問の研鑽を行っていたようだ。

この章では、「本能的な概念」と「意識的な、分析された概念」の二つの概念が登場する。ここの部分は、目からウロコだった。以前われわれが行った「心情」と「態度」の分析も、「本能的な概念」を「意識的な、分析された概念」に高めようとする試みにほかならなかったのである。ディーツゲンは次のようにいっている。

「概念は本能的に、自然的に産み出される。この概念を明瞭に意識し、知識と意志とに従属させるためには、我々はそれを分析することを必要とする。……分析によってはじめて事物は概念的に、的確に或は理論的に把握されたことになる。……ある概念の分析と、その対象すなわち概念を産み出した事物の理論的分析とは同じものである。……実践的分析は理論的分析の前提である。我々にとって、動物概念を分析するためには感覚的に区別される動物が、友人を分析するためには個々に経験される友人が、材料或は前提の役割をしている。……概念の分析は、その対象の特殊の部分の共通性或は一般性を認識することの中に存している。」(pp.37-39)

以上の記述が直接に、思惟能力の分析にもなっている。こうして、「思惟能力とは、特殊のものから一般的なものを究める能力である、ことが明かになる」(p.40)わけである。カント批判としては、次のような記述がある。

「若し、我々が世界を『事物自体』と考えるならば世界『自体』と我々に対して現れる世界すなわち世界の諸現象とは、全体と部分との相違に外ならないことが、容易に理解されるであろう。世界自体とは世界の諸現象の総和にすぎない。」(pp.42-43)

「…思惟過程の理解は、思惟能力が思想を形造るのではなく、逆に個々の思想から思惟能力という概念が形造られるということ――従って、感覚能力が我々の見ることの総和として存在するように思惟能力も我々の思想の総和としてのみ実践的に存在するということ、を我々に教える。
 これらの思想すなわち実践理性が材料となり、その材料によって我々の脳髄が概念としての純粋理性を産み出す。理性は実践においては必然的に不純である。すなわち理性は何らかの特殊な対象と関係を持っている。純粋理性すなわち特殊な対象を持たない理性とは、特殊な理性の諸作用の中の一般的なものに外ならない。」(p.43)

いやー、勉強になった。それでも討論をしていると、「感覚って何だ?」「感覚と感覚像は違うのか?」などといって、認識論の唯一の基本書たる海保静子『育児の認識学』(現代社)を参照すること、しばしばであった。ディーツゲンを媒介にして、認識論の理解が曖昧であること、分かっていないのだということ、が明確になってきた感じだ。基本書を再読する必要性とともに、基本書の論理を理解するための事実を創る実践の必要性を感じだ。

なお、今回は岩波文庫版の他にも二種類の訳とドイツ語原文を対照しながら、理解に努めた。なにやら学術的雰囲気が漂っていて、悪くない感じだった。『いのちの歴史の物語』の単行本が出たら、直ちにそちらの読書会に変更すること、出なかったらディーツゲンの次は瀬江千史『医学の復権』(現代社)をやろうという話が出た。

以下はS君作のレジュメ。ちょっと欠陥のあるレジュメだと本人がいっていたが、読書会後、ちゃんと不足部分を追加してくれたようだ。



ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(小松摂郎訳、岩波文庫)
2006年4月14日

まえがき
・体系的な世界観への要求
「哲学の歴史は私の一身において繰り返された」
・思惟能力の一般的な形式・普遍的な本質について述べる


一 序論
科学の本質
体系化こそ科学の全活動の本質。科学は我々の頭脳に対して世界の諸々の事物に秩序と体系を与える。経験から発展した理論すなわち科学によって我々は意識的に事物を支配し、確実に処理することができる。
 ↓
認識、理解等の人間の思惟能力を科学的な基礎の上に築くことができれば、すなわち理性が科学的真理を産み出す方法と様式を発見できれば、確実な成果を得ることができる。

*真理と誤謬はいかに区別されるか? 真理とは何ぞや?
→この謎を解くことに尽力してきたのが哲学

哲学(思弁哲学)の本質と経過
○本質
元来、特殊の個別科学ではなく、知識一般の種属名。一般者、世界全体、宇宙を把握しようとする。
○方法・様式
感覚、肉体的経験を退け、人間理性の統一によって世界全体を体系的に認識しようとする。
○哲学の成果
感性を否定し思惟そのものをとらえようとしたことによって、思惟過程・認識能力の科学を促進。
○哲学の終結
経験が豊富になることで以前の思弁の誤謬が明らかに。帰納的方法が輝かしい成果をあげる。
→哲学は経験的認識能力の非哲学的科学へ、理性の批判へと還元された

*いかにして真理が認識されるかという方法と様式とに関する秘密、いかなる思惟も対象と前提を必要とするという事実に関する無知が、哲学の歴史に含まれている思弁的誤謬の原因。

我々の課題
哲学が科学をいかに促進したかを簡単に約説=思惟過程の一般的性質を明らかにすること


二 純粋理性或いは一般的思惟能力
※思惟過程の一般的性質を問題にする

思惟は脳髄の作用
思惟は認識を目的とした脳髄の作用である。

思惟の対象
思惟は対象を必要とする。
すべてのものは認識されうるが、認識されうる限りにおいてである。
「客体は認識の中に解消するものではない」
*二重の形での認識…具体的・感覚的・多様/抽象的・精神的・統一的
*頭脳は事物そのものではなくその概念、表象、一般的形式をとり入れる。客体の認識されうる精神的側面。
*思惟能力そのもの(=精神)もまた思惟作用の対象となる。
→概念を生み出すこと(本能)と概念を分析すること(意識)
「ある概念の分析と、その対象すなわちその概念を生み出した事物の理論的分析とは同じもの」

思惟の本質
思惟は感覚においてさまざまな現れ方をする対象の現象の中から類似のもの、等しいもの、一般的なものを抽出することによって、単一な概念に転化させる。

純粋理性とはなにか
 対象と結びついた実践理性を材料に、特殊な理性の諸作用の中の一般的性質として、脳髄が概念として産み出すもの。
*世界「自体」…世界の諸現象の総和


論点

○結局、ディーツゲンは哲学をどのようなものとしてとらえたのか?
○結局、ディーツゲンは科学をどのようなものとしてとらえたのか?
○結局、「思惟」とはなにか? 
○思惟と認識、精神、概念などとの関係は? 
○思惟と感覚との関係は?
○「事物もまた精神を持っている」(p33)とはどういうことか?
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2006年03月26日

滝村隆一「俗流政治学の妄想とマルクス主義政治学の方法的構想」「国家と社会との構造的連関」

滝村読書会のとりあえず最終回があった。『増補 マルクス主義国家論』の最後の二つの論文を扱った。大きな論点は二つ。「歴史的=論理的」とはいかなることか? と、「<広義の経済学>確立のためには、何よりもまず<狭義の経済学>の体系的な創出が要求される」というのはどういうことか? である。

前者に関しては、エンゲルスが『経済学批判』への書評で述べている、以下の言葉が鍵となる。

「論理的なとりあつかいは、じつはただ歴史的形態と攪乱的偶然性というおおいをとり去っただけの歴史的なとりあつかいにほかならない。」(『経済学批判』国民文庫、p.263、ただし、訳は『増補 マルクス主義国家論』からの孫引きで、武田・遠藤・大内・加藤の共訳)

ここでいわれていることは、要するに、「論理的なとりあつかいは、……歴史的なとりあつかいにほかならない」ということである。換言すれば、ある対象を論理的に把握するとは、その対象の生成・発展・消滅の全過程を一般的な歴史的過程として把握することである、ということであり、端的にいえば、弁証法的に把握することである、ということであろう。

後者に関しては、<狭義の経済学>確立のためには、アバウトであっても<広義の経済学>の確立が必要なのではないか、少なくともそういう側面もあるのではないか、という気がするのだ。ちなみに、<狭義の経済学>とは、近代的な経済的社会構成の解明に限定されるのに対して、<広義の経済学>は歴史的=世界史的に規定された経済的社会構成の生成・発展の全過程を対象としている。「人間の解剖は猿の解剖にたいする一つの鍵である」から、<原始的>→<アジア的>→<古代的>→<封建的>という、それぞれの歴史的段階における経済的社会構成の一般的特質を析出するためには、資本制的生産様式の特質が、前もって定立されていなければならない、というのは確かに分かる。だが、それでも、資本制的生産様式の特質を解明するためには、そこに至までの過程を分かっていなければならないという気も、同時にするのだ。つまり、より一般的にいえば、「結果だけでなく、結果に至る過程も分からなければ、分かった気がしない」、あるいは「過程も含めて全体である」ということである。別の例でいえば、人間とは何か、を分かるためには、生命の歴史が分からなければならないのではないのか?

<狭義の経済学>と<広義の経済学>は、学問の構築過程における一般論(本質論)と構造論の関係と同様、一方的な媒介の動きだけで片づけることはできず、相互作用というか、否定の否定的に発展するのではないか、というようなお話になった。現時点では、この解釈でいいような気がするが、こういった解釈はだいたい間違っているというのが、今までの経験上確かめられている気がする。

終了後、近くの大衆居酒屋みたいなところで飲んだ。けっこう飲み食いした割には安かった印象がある。ここでは、三浦つとむ没後20周年の記念行事を行おうという話が出た。三浦つとむ没後10周年の記念鍋会をやってから、6年以上の年月が流れているとは信じられない、などと昔話もした。

次回からは、ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(岩波文庫)を読み進めることになった。ディーツゲン読書会、楽しみだ。

以下は、今回のレジュメ。O作。


滝村読書会 『増補 マルクス主義国家論』                    2006年3月23日
                                          
「第V部 思弁的=文献学的政治学批判」
1.俗流政治学の妄想とマルクス主義政治学の方法的構想
 はじめに
  社会科学の方法、経済学大系の方法的特質などを解明しながら、新たに構築さるべきマルクス主義政治学の体系的・方法的構想に関する見解を提示

(1)唯物論的方法とは何か
  唯物論的方法:当該対象の特質の分析・精査・解明  →  体系・方法の総括(成果として抽象)
  観念論的方法:対象に関する<原理><方法>の設定 →  対象の究明
    *先人によって定立された<原理><方法>は仮説としての意味しかもちえない

(2)個別科学における方法の特質
  個別科学の方法論は、独自の特質に規定されているため、それぞれ独自の具体的な方法論として把握されなければならない
    ex.政治=<特殊意志>の幻想的「共同」形態支配の過程
           → <意志>論を政治学固有の具体的な方法として想定
  “マルクス主義者”の傾向
     ・社会科学一般の抽象的な方法から演繹的に導き出す
     ・『資本論』の方法(=経済学の方法)を政治学の具体的方法論としてアプリオリに採用する

(3)広義の経済学とは何か
政治学と経済学は<広義>の理論体系と<狭義>のそれとの統一において構成され、歴史的=論理的に展開されねばならない
   <広義の経済学> = 歴史的=世界史的に規定された経済的社会構成の一般的および特殊的な諸法則を解明する科学

(4)狭義の経済学・その方法と体系
  <狭義の経済学> = 近代的な経済的社会構成の解明(歴史的=論理的な再構成)する科学
    近代社会の論理的な体系的再構成は、資本制的生産様式の生成・発展・消滅の全過程を、一般的な歴史的過程として論理的に把握することによってのみ可能
   ○宇野弘蔵らによるエンゲルス批判:歴史主義的傾向が強く、マルクスとかけ離れている
          ↑
     ・『資本論』は歴史的=論理的に構成された<狭義の経済学>の体系的プランの一環
     ・『資本論』の論理構成全体の基本的構造は、歴史的=具体的な発展過程に対応
     ・『資本論』における抽象的な基礎カテゴリーは、全て歴史的な規定性を内に含んでいる
   ○経済学(政治学)と歴史学(経済史学や政治史学)の区別と連関
      経済学・・・高度に抽象化された<世界史>的な意味での<歴史性>(=論理)が前面
      ↑ ↓
      歴史学・・・<個別歴史>(=事実)そのものが前面
   ○<広義の経済学>と<狭義の経済学>の相互関連
     <広義の経済学>確立のためには、<狭義の経済学>の体系的な創出が要求される

(5)狭義の政治学・その方法と体系
  ・経済的社会構成に対する経済学の関係とほぼ同様のことが、<政治的社会構成>に対する<政治学>の関係についてもいえる
  <広義の政治学> = <政治的社会構成>の一般的および特殊的諸法則を解明する科学
    <狭義の政治学> = 近代的な<政治的社会構成>の全歴史過程を、歴史的=論理的に再構成する
  ・<広義の政治学>と<狭義の政治学>との関連も、経済学の場合とほぼ同様のことがいえる
        <狭義の政治学>の体系化 → <広義の政治学>の確立
  ・マルクスの近代国家論プランは、<狭義の政治学>としての<近代国家論>の理論体系を、歴史的=論理的な体系として構想している

(6)広義の政治学・私の構想
   エンゲルスによる<広義の政治学>の体系化の試みを、私たちがおしすすめていかねばならない


2.国家と社会との構造的連関
 はじめに
  <国家>と<社会>との構造的関連上の原理的把握の問題に対するマルクス=エンゲルスの見地と、古典市民主義政治・社会理論から、近代政治学に至る市民主義の見地との異同について論究する。

(1)マルクス主義における国家と社会との関連把握
  ・従来のマルクス主義者 → <共同体−内−国家>という発想のみ
<国家>と<社会>を実体的に把え、直接的かつ実体的に対立 
・マルクス=エンゲルス → <広義の国家>という発想
<国家>と<社会>との構造的関連を、当該<社会構成体>における<政治的社会構成>と<経済的社会構成>との原理的・構造的な二重化として把握

(2)古典市民主義政治理論における国家と社会との関連把握
  ○ホッブズ
    ・<国家>と<社会>との原理的および実体的な区別は殆んどみられない
    ・<国家>と<国家機関>との区別が殆ど問題にされていない
  ○ロック
    ・「国家」と「社会」とが、原理的にも実体的にも殆んど区別されていない
    ・<国家>の諸機関が、「政治社会」や「市民社会」と原理的かつ実体的に区別されはじめている
  ○ルソー
    ・<国家>と<社会>との原理的かつ実体的な区別が完成される直前にある
         ( → <国家>と<国家>の機関としての「政府」との原理的かつ実体的な区別)

(3)ヘーゲル以後における国家と社会との関連把握
     ヘーゲル:<国家>と<社会>とをはじめて原理的に峻別し、実体的には同一の存在として把握
        *ラスキ・パーカーもヘーゲル以来の見地を忠実に継承

(4)日本的多元的国家論における国家と社会との関連把握(その一)
  日本の多元的国家論:<国家>と<社会>の峻別を主張
   ○西欧の多元的国家論との相異
       ・<国家>と<社会>を実体的に区分(↔ 西欧:原理的に異なるが実体的には同一)
       ・<国家権力=社会権力>説
     *<国家権力>と<社会権力>の原理的区別は、自己以外のあらゆる<社会権力>に対する<政治的=イデオロギー的>な支配・統制により、社会構成全体の秩序を維持する点

(5)日本的多元的国家論における国家と社会との関連把握(その二)
  西欧の多元的国家論との相異は何故うまれたか?
     当時の政治的・思想的背景:天皇制イデオロギーに忠実な学者が<広義の国家>論を主張
→ 「進歩的学者」が<広義の国家>観を<狭義の国家>観として解釈

〔増補版へのあとがき〕
  自らの原理乃至一般理論を打ち立てることに専心せよ、他説はその限りにおいて副次的に扱えばよい、間違っても、先行所説の批判的検討を通じてのみ自己の論を提出しうるなどというべきではない、自己の原理を持たぬ者に、どうして他説を評価することができるというのか!
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2006年02月28日

滝村隆一「国家論における共同体論の復権」「現代世界と国家の原理」

先日、例によって、滝村読書会を行った。今回は僕がレジュメ担当。終了後は飲みながら、「心情とは何か?」と「態度とは何か?」に関して討論した。次回で『増補 マルクス主義国家論』は終了予定。次はディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』を読もうかという話になった。



滝村読書会       『増補 マルクス主義国家論』      2006年2月24日

「国家論における共同体論の復権」
(1)共同体と国家の問題
<国家>把握の二つの原理的=方法的発想
  @<狭義の国家>→<共同体―内―国家>という原理的=方法的発想
  A<広義の国家>→<共同体―即―国家>という原理的=方法的発想
国家<生成>の問題…@Aを歴史的・論理的に区別して統一的に解明しなければならない

(2)原始的・アジア的共同体と国家
<原始的>共同体
 内部的には、氏族的=血縁的に構成
 他<種族>との直接的接触により敵対関係が顕在化→<共同体―即―国家>として現出
<アジア的>共同体
 内的構成としては、ほぼ純粋の血縁的=氏族制的に構成された<原始的>共同体
 <デスポット>との関係においては全ての構成員が<奴隷>(総体的奴隷制)
 支配共同体が被征服<共同体>に対しては<国家>として対峙・君臨

(3)古代国家の根本問題
<古代国家>:微弱ながら<共同体―内―国家>が原理的・構造的に確立
       最大かつ最強の<都市共同体>が支配的共同体として君臨→奴隷制

(4)国家の生成とは何か
<共同体―即―国家>生成→<共同体―内―国家>生成
            ↑基礎づけ
<共同体―間―社会分業>→<共同体―内―社会分業>
<個別歴史>―<世界史>的な構造論―<唯物史観>というレヴェルの違いを混同するな

(5)国家の提起する現代的課題
<広義の国家>:@<国家>の内的な<実存>形態としての<政治的社会構成>
        A<国家>の外的な<実存>形態としての<共同体―即―国家>
<ナショナリズム>も<帝国主義>もAの問題

(6)国家の死滅と革命戦略
<共同体―内―国家>死滅→<共同体―即―国家>死滅
            ‖
<共同体―内―社会分業>止揚→<共同体―間―社会分業>止揚
<一国社会主義革命>    →<世界革命>

(7)<政治>・<国家>とは何か
政治=特殊性の幻想的「一般」形態支配、ないし特殊性の幻想的「共同」形態支配。
   当該Machtの特殊利害が幻想上の「一般」利害ないし「共同」利害として
   形成されて君臨・支配するに到る過程。
国家=<政治的支配>。<政治>の<実存>形態。
   支配階級の特殊利害が、様々に媒介されて、何よりも社会の
   <法的秩序>維持という普遍的な形式とともに、内容的に貫徹される。

「現代世界と国家の原理」
(1)共同体と国家の原理
    @狭義の国家→<共同体―内―国家>→a. Staatsmachat
<国家>  =国家権力 b. Staatsgewalt
    A広義の国家→内的<政治的社会構成> →主としてStaat
      =国家  外的<共同体―即―国家>→主としてNationalität

(2)資本主義の世界性と国民性
「世界経済」は「国民経済」間の世界的連関においてしか<実存>しえない
     <経済的社会構成>を<共同体―即―国家>レヴェルから把握
資本の<世界性>は、資本の<国民性>を前提とし、それによって媒介されている

(3)世界革命と一国革命
<世界革命>の原理が貫徹されていることのメルクマール
  =<原則綱領>において<一国社会革命>綱領を<世界社会革命>綱領との関連で、
   理論上正当に位置付けているか
<共同体(民族)―内―社会革命>といっても、ここでいう<民族>とは、現在確定されている<国境>によって囲い込まれた「民族」を、そのまま意味するものではない

(4)「アジア革命」論の陥穽
・日本帝国主義復活論が暗黙の前提←<帝国主義>を経済主義的にのみ理解
・<共同体―即―国家>としての解体が前提であることを理解できていない
・政治的な危険性(<超国家主義>にからめとられかねない危険性)が内蔵されている

補・ナショナリズムと国家の問題
ナショナリズム:<共同体―即―国家>の問題
        <共同体―間―共同体>ないし<世界―内―共同体>レヴェルでの問題
・自己の生活共同体を基点にして観念的=幻想的に想定された「民族」=「国家」を、
他の民族・国家に比すれば唯一至上の実在として考える<民族―即―国家>意識
・<共同体>としての自己が、何よりも他民族共同体との直接的・間接的な関係を媒介と
して、観念的に対象化され、<民族エゴイズム>として排他的に押し出される
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2006年02月01日

滝村隆一「マルクス主義における共同体の理論」「社会構成の歴史と論理」

月一の滝村読書会。今回も『増補マルクス主義国家論』(三一書房)所収の二つの論文を扱った。レジュメはKちゃんが担当。その他にS君が、「なんごうつぐまさが説く看護学科・心理学科学生への“夢”講義・20」の「政治とはなにか」に関する部分を抜粋してきてくれた(抜粋のプリントには、第何回の論文かが明記していなかったため、第20回だと突き止めるのに30分くらいかかってしまったぜ。もちろん、抜粋部分を見ただけで、だいたいあの辺りだなと見当が付かなければまだまだ読み込みが甘いといわれても仕方がないが、それでも引用するときは、すぐに当該部分が探し出せるように出典を明記しておくのがルールであろうという気がちょっとだけする)。

まず一つ目の「マルクス主義における共同体の理論――基礎範疇の解明と大塚共同体論の批判」。ここでは、共同体に関わる基礎範疇として、Gesellschaft, gesellschaftliche Wesen, Gemeinschaft, Gemeinwesen, Gemeinde, Gemeindewesen, sozialなどの区別と連関が説かれている。はっきりいって超難解である。詳しくは、後にあるレジュメを見ていただきたいが、ここで学ぶべきもっとも基本的なことは、次のようなことであろう。

「われわれが当該対象を弁証法的に把握するためには、同一事象・同一実体に関わる様々な概念に機械的に対応させて、実体的に区別される対象を想定したりするのではなく、かかる諸側面と関連を原理的な区別と連関において、まさに統一的に把えねばならないのである。」(『増補マルクス主義国家論』p.165)

要するに、同じ対象であっても、「対象に切り込む視点すなわち対象へのスポットのあて方(角度と局面)」(同p.164,p.125)が異なれば、違った範疇(概念)として捉えることができる、ということである。

この基本を押さえた上で、次に滝村による概念規定のやり方、すなわち対象へのスポットのあて方を学び取る必要がある。たとえば、「媒介的なものとして捉えるか、それとも直接的なものとして捉えるか」(GesellschaftかGemeinschaftか)とか、「関係性として捉えるか、それとも実体性として捉えるか」(GemeinschaftかGemeinwesenか)とか、「内的構成に着目するか、それとも外的な構成に着目するか」(GemeinschaftかGemeindeか)とかいった対象の捉え方、である。

こうした対象へのスポットのあて方(角度と局面)を学べば、たとえば、概念と論理はどう違うか、とか、性格と性質はどう違うか、とかいった問題を解決するとき、「概念」「論理」「性格」「性質」などといった概念を自分なりに区別と連関において規定するときに、ヒントになるはずである。

ただし、滝村が対象へどういったスポットを当てているのかを正確に把握することが前提となる。僕はこれがまだ不十分である。端的に言えば、共同体に関わる基礎範疇が、未だはっきりしないのである。滝村がマルクス・エンゲルスを引用した後で、「明らかなように」などといってそこから読み取れることを解説していくことが多いのだが、僕自身はその引用から、そのような内容は読み取れない、という場合がほとんどである。滝村が読み取れた論理を、僕は読み取れていないわけである。学問的な研鑽が足りないとしかいいようがない。

本論文に関連する他の論文を二つ挙げておこう。まずは滝村隆一「現代革命とサンジカリズム」である。特に『新版革命とコンミューン』のpp.305-306。もう一つは三浦つとむ「唯物史観小論」である。『マルクス主義と情報化社会』のpp.61-62。

今回扱った二つ目の論文は、「社会構成の歴史と論理」である。これは割と重要な論文である気がする。近代的社会構成の特質(すなわち近代における<二重化>)が、封建的社会構成や古代的社会構成の特質と対比しつつ説かれている。この論文を読むと、どれほど世界史を単なる知識として学んできたかがはっきりしてくる。高校での世界史の勉強など、単なる知識(というより言葉)の寄せ集めであり、薄っぺらで論理性のかけらもなかったと痛感させられる。逆に言うと、この滝村論文は事実を論理的に把握するということの好例であるといえるかもしれない。今後は歴史の学習にもさらに力を入れようと思った。

今回は約3時間の勉強会となった。共同体に関わる基礎範疇を各自が図解して発表するという時間をとってもいいと思ったが、それをやっていたらますます時間がかかっただろう。終了後はまた飲みに行った。今回は始めた時間が早かったので、その日のうちに家に帰れた。

さて最後にKちゃん作成のレジュメを載せておく。相当長い。



滝村読書会(06.1.29)

第U部 共同体と国家の理論
1 マルクス主義における共同体の理論
はじめに
・<共同体論>の原理的・理論的検討は未だなされていない

(1)Gesellschaftをどう捉えるか
#Gesellschaft<社会>
・私的個人の契約的結合体ではない
⇒生活資料(生活手段)の生産と人間自身の生産との媒介的統一としての<生活の生産>によって、相互に結合した人間集団(<広義の>生産諸関係の総体)
・人間(的諸活動)を<労働の対象化>という本質的な<関係>性において捉えたところに成立した概念

#gesellschaftliche Wesen<社会的有機体>
・gesellschaftlichな関係を直接的ではなく媒介的な社会的有機体ないし社会的組織体として、全体的かつ有機的に把握したときに成立する普遍的な概念

#Gemeinschaftとsozial
・gesellschaftlichな関係を直接的な関係性、すなわち実存的な形態において把握したときに成立する概念
・Gemeinschaftが内的構成レヴェルにおける非敵対的かつ調和的な実存的社会形態を指す一方で、sozialは全体的な社会構成レヴェルにおける実存的な社会形態一般、<社会制度>一般を問題にしている

(2)Gemeinschaftの特質
・Gesellschaftの本来的かつ非敵対的な実存的形態がGemeinschaft(Gemeinwesenはgesellschaftliche Wesenのそれに対応)

#<人間の存在>に関する二種類の区別と連関
・gesellschaftliche Wesenとしての人間が、<労働が対象化>された存在として実体的に捉えられたものなのに対し、gesellschaftliche Seinとしての人間は<関係性>すなわち<生活の生産>過程において把握されたもの

(3)GemeinschaftとGemeinwesenの内的構成
*いずれも<内的構成>原理を取上げた概念

#Gemeinschaft<協同社会>
・単一の<共通意志>による直接的な指揮監督の下に、<内部>調和的に統一(組織)された諸個人の直接的な関係
・資本的生産過程が「生産物の生産のための社会的労働過程」と「資本の増殖過程」との直接的統一として存在しているのに対応して、資本家の指導も、gemeinschftlichに構成されたあらゆるMachtに共通の<指揮・監督機能>を遂行することが同時に労働者を抑圧する機能としても現出する。

#Gemeinwesen
・gesellschaftlichな関係を直接的な内的関係性、すなわち直接的な実存形態において把握した場合に成立した概念がGemeinschaftなのに対し、gesellschaftlichな関係を直接的な内的実体性において、すなわちGemeinschaftを直接的かつ実体的に構成する内部自足的な組織体ないし有機体それ自体として把握した場合に成立した概念がGemeinwesen。

(4)GemeindeとGemeindewesenの特質と連関
*<外的な構成>すなわち<体制>に関わる概念

#Gemeinde<共同体制>
・gesellschaftlichな関係が、全体的かつ統一的また形式的かつ総体的な構成として把握されたもの→対外的諸関係のレヴェルの問題とも密接不可分の関係

#Gemeindewesen<共同体組織>
・外部構成的な<共同体・体制>それ自体を、実体的かつ具体的な<共同体組織>ないし<共同体制度>として把握したもの

#Kommune<生産組織体・協同組織体>
・Gemeinwesenとほぼ同一の概念

(5)大塚共同体論の方法的欠陥
@実体論的把握(俗流唯物論的発想)と、
A特定の歴史的諸形態のそのままの普遍化(実証史家に特有の共通した方法的欠陥)


2 社会構成の歴史と論理
(1)封建的社会構成の特質
・封建的諸権力(とりわけ封建領主権力)が相互に対立・抗争する独立的かつ閉鎖的な自給自足的共同体として散在(∵交通的諸関係の未発展)
・このアナーキーな状態は、形式的ではあるが政治的には伝統的な政治的権威としての<国王>によって一定の秩序のもとに包括

#封建的支配の歴史的特質
・<王権>は相対的に最大かつ最強の封建領主として<政治的=イデオロギー的権力>としての<第三権力>足りえたに過ぎない。<王権>の封建的諸権力に対する<国家>的支配・統括は極めて不充分かつ不安定で、<政治上>の実質的統一はついぞ実現されず
・わずかにイスラム世界に対する現実的な必要から、西欧世界の<政治的統一>が、あらゆる世俗的な封建的諸権力をより観念的かつイデオロギー的に支配・統括していたキリスト教によって、<宗教的統一>として幻想的につくりだされていた
⇒封建的アナーキーに立脚した、<宗教的・政治的>な<第三権力>としての法王を頂点とする教会的支配体制と、<現実的・政治的>な<第三権力>としての国王を頂点とする領主的支配体制との二元的支配体制

#封建的社会構成の原理的特質
・封建的諸権力が、<政治的=経済的権力>として直接的に一体化(同一性)
・<政治>と<経済>との未分化

(2)古代的社会構成の特質(その1)――都市共同体の内部的・外部的構成
・<政治>と<経済>との未分化を支える社会構成上の構造は、<中世>と<古代>とでは全く異なる
@<都市共同体>は、対外的には<宗教的・政治的・経済的権力>として、すなわち<国家>としての<共同体>として他の都市共同体に対峙
⇒<都市共同体>による他の共同体の支配は、<宗教的>・<政治的>・<経済的>支配が直接的に結合したかたちで全一的になされる
※中世の封建領主権力は、自己の共同体における内部的活動に関するかぎり、実質上の治外法権的なMachtとして公認
・これは、<アジア的>、ときには<原始的>世界でもみられたこと。<国家>としての<共同体>の生成は<共同体>における<国家>の生成よりも、歴史的・論理的に先行する(∵<共同体―間―社会分業>は<共同体―内―社会分業>に先行)

A<第三権力>としての国家権力は、<政治的=イデオロギー的権力>というよりもMachtとしての<市民共同体>における<経済的>な<自己権力>の性格が強い
∵「自由平等な私的所有者」としての「市民」によって形成されており、諸階層間の差異が本質的に和解し得ない階級闘争を展開させるほどには進展していない

(3)古代的社会構成の特質(その2)――奴隷制をどう位置づけるか
*奴隷制は、最大・最強の<都市共同体>が支配共同体として(<共同体―間―第三権力>ないし<古代世界―内―第三権力>として)君臨する際に、その他共同体に対する媒介された<政治的・経済的>支配の最も過酷かつ赤裸々な直接的形態
⇒同盟・属国形態による共同体支配と原理的に同一
・奴隷制は、個々の<共同体>が他の<共同体>に対して、敵対的かつ排他的な<国家>として構成された瞬間に発生しうる一般的な可能性を獲得するが、これが現実性に転化しうるかどうかは、<共同体>内部における一定の経済的発展段階によって、根本的に規定されている

※<アジア的共同体>における奴隷支配
・<アジア的>、<古代的>ともに奴隷支配は原理的には<共同体>全体の<奴隷>全体の支配の問題であるが、その形態は両者の内的構成上の相違に規定されて、全く異なる
・<アジア的>共同体では、共同体成員相互が<原始的>な平等関係にある一方で、<デスポット>に対しては、全成員が<奴隷>状態にある(総体的奴隷制)
→<アジア的共同体>では、奴隷所有は<デスポット>に集中・集約され、<古代的共同体>では、奴隷所有は<市民>による<私的所有>の形態をとる

(4)古代的社会構成の特質(その3)――総括
#古代的社会構成の歴史的特質
・内部的には<市民的共同体>として構成される一方で、外部的には<国家>としての<共同体>として、相互に対立・抗争する
⇒古代における<政治構造>は、厳密には、<都市共同体>の内的構造としてではなく、支配的共同体を中心とする諸共同体間諸関係において形成されていた
・支配的共同体が自己の共同利害(=古代世界における一<特殊利害>)を強力なGewaltを背景にして、古代世界における幻想上の共同利害の形態で、普遍的かつ排他的に押し出して君臨せしめる
・<都市共同体>内部の<政治的構造>が<政治構造>へと転成するには、市民共同体の徹底的な内部的解体→共同体内<第三権力>の<政治的=イデオロギー的権力>としての本質の開花、が進展する必要

(5)近代における<二重化>とは何か
#近代的社会構成の歴史的特質
*<経済的社会構成>と<政治的社会構成>との二重化
@資本制的な社会的権力が、経済的権力と政治的権力とにはじめて機構的に分化・二重化
・二大国民階級はそれぞれ<政治的階級>と<経済的階級>として二重化した形で構成
A国家権力における<政治的国家>と<社会的=経済的国家>とが、はじめて機構的にも分離・二重化


<論点>
@第1章論文の概念の確認
Ap.172 l.6 <政治上>の実質的統一とは? 
Bp.200-01 <支配共同体―内―第三権力>としての<皇帝権力>の確立過程が、<ローマ帝国―内―第三権力>として確立される過程に他ならなかったのはなぜか。
Cp.201 <広義の政治>、<狭義の政治>概念について。<政治的意思一般>とはどこまで指すのか。
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2005年12月23日

滝村隆一「国家論と唯物史観」「狭義の国家と広義の国家」

滝村読書会を京大周辺で行った。今回も前回に引き続き、『増補マルクス主義国家論』所収の二つの論文を扱った。

もう何度も読んでいるので、何となくは分かるのだが、しかし細かくみていくと、よく分からないところも未だに多い。たとえば、p.72の表題、「soziale Machtとpolitische Machtの相互浸透」がよく分からないという声が、読書会でも出た。politische Machtではなくて、Staatsmachtなら本文とも合致するので納得できるのだが。

また、p.80からの「国家的活動の二重化」の箇所は、スッキリとしない。「二重化」というのは、滝村国家論を学ぶ際の最重要キーワードだと思われるが、ここではおそらく<共同利害>と<特殊利害>の二重化だろう、というくらいしか分からない。

まあそのあたりは今後の課題として、2時間弱で読書会が終了。その後、京大近くにある飲み屋に行った。おそらく3年ぶりくらいだったが、店のおばさんを僕を覚えていてくれた。「弟さんのほうやね」などといっていた。ちなみにこの店、昔東京から来たOさんが、「小汚い店」と称したことがある。冷や奴を頼んだのに「今切れている」と断られたといって、ずいぶん不満げだったことを思い出す。

その後はマンガ喫茶で朝まで過ごし、早朝、帰途についた。京都の朝は寒かった。

以下、今回僕が用意したレジュメ。


滝村読書会   『増補 マルクス主義国家論』  2005年12月22日

          「国家論と唯物史観」
(1)国家の発展
(A)国家権力の特殊性
国家権力=イデオロギー的な権力
Machtの総体としての社会全体に対して、国家意志への服従を迫る

(B)soziale Machtとpolitische Machtの相互浸透
soziale MachtのStaatsmacht化とStaatsmachtのsoziale Macht化
国家における<社会的=経済的>機能=社会全体の<共同利害>に関する業務

(C)国家における二つの機能
<政治的=イデオロギー的>機能
<政治的=イデオロギー的>性格の強いsoziale Machtの関与
<社会的=経済的>機能
   各種の特殊法人を生み出し、<国民経済>との結びつきが緊密になる

(D)国家的活動の二重化
<共同利害>の<特殊利害>化 ex.<公共事業>
<特殊利害>が幻想上の<共同利害>として押し出される ex.<財政投融資>
  ※幻想的=形態+内容 <階級制>と<幻想性>の同一性

(2)狭義の国家と広義の国家
(A)狭義の国家としての把握
狭義の国家=国家権力  ←国家の実体論的規定

(B)広義の国家とは何か
広義の国家=イデオロギー的な支配の及ぶ範囲

(3)唯物史観とMacht論
(A)歴史における原動力の問題
唯物史観=市民社会の中に歴史発展の究極の原動力として<階級闘争>を探し求めた
歴史における個人の役割はMacht論を踏まえて理解する!

(B)MachtとAutorität
Macht=自然・社会・思惟にわたって、人間に能動的に働きかける力を
その過程的構造において把えたもの
Autorität=人間の意志関係を<支配的意志>の面から把握したもの


          「狭義の国家と広義の国家」
(1)狭義の国家
(A)国家権力の生成
原始公権力:soziale Macht、氏族社会内部へのGewaltとしてたちあらわれることはない
  ↓社会的分業の登場
国家権力:イデオロギー的な第三Macht、社会内部の被抑圧階級に対してはGewalt

(B)国家の論理構造
狭義の国家とは
 それ自体として→Macht, Organisation
全体の部分として→Organ
 過程的構造において→Gewalt(国家的支配の過程それ自体)
           Maschine, Werkzeug(経済的支配者による国家的支配の全過程)

(C)国家的支配とは何か
国家的支配=イデオロギー的支配+暴力的支配(直接的な統一)
狭義の国家の本質=特殊な抑圧強力

(2)広義の国家
(A)ヘーゲル的な広義の国家
ヘーゲルのいう国家=<神の意志>→<法>→<個人の意志>という意志の過程的構造
マルクス主義の国家=<経済的に支配する階級の意志>→<法>→<個人の意志> 〃

(B)マルクス主義の広義の国家
<広義の国家>の実体構造は、厳密な意味での<政治構造>という概念と一致
広義の国家とは
 それ自体として→Die Zusamenfassung der Gesellschaft
過程的構造において(本質)→Maschine zur Niederhaltung

(C)この論文の反響について
滝村論文はこっそりと受け入れられている
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2005年11月30日

滝村隆一「マルクス主義の市民社会論」「マルクス主義の国家論」

先日、滝村国家論の読書会第3回を行った。今回は、『増補マルクス主義国家論』(三一書房)所収の最初の二つの論文、すなわち「マルクス主義の市民社会論」と「マルクス主義の国家論」を扱った。レジュメ担当は、O。相当苦戦したようだ。それもそのはず。最近の記事でも書いたように、僕が大学一年生の頃に初めて読んだ滝村論文が「マルクス主義の市民社会論」であり、数ページで撃沈したのであった。S君も、初めて読んだときはわけが分からなかった、といっていた。

しかし、滝村論文は難解ではあるが、自称哲学者が書くような無意味な難解さ、非論理的な難解さとはほど遠い(参考までに指摘しておくと、某有名マルクス主義哲学者で、某有名出版社版『哲学事典』の編者であるH.W.は、その娘婿の証言によると、「哲学者たる者、どんな簡単なことでも難しく表現しなければならない。難しければ難しいほどよい。自分にも分からないくらいがちょうどよい」などと、およそ学問というものを勘違いした発言を堂々と行っていたらしい)。滝村論文は非常に論理的であるために、くり返しくり返し読み込めば、徐々に分かってくる、というより、滝村の実力により分からされてくる、という性質の論文である。

実はこの『増補マルクス主義国家論』は、学生時代、社研というサークルで取り上げたことがある。このサークルは主にマルクス『資本論』を読み進める研究会と、現代社会の諸問題を取り扱う研究会と、科学的方法論を扱う研究会に分かれていたのだが、最後の科学的方法論を扱う研究会(略して科方研)で、僕とS君が主導して滝村隆一の学的方法に学ぼうという名目のもと、滝村国家論研究会に近いものを立ち上げたのだ。その時、科方研に参加していない一般会員向けに書いた文章=科方研ニュースがあるので、思い出とともにその文章をここに載せたい。まあ、今読むとおかしなことも書いているので、半分ネタだと思って読んでいただきたい。以下、Oのレジュメのあと、「科方研ニュースを読む」をクリックしていただけると、その科方研ニュースが読める。



読書会                                      2005年11月25日     O
                                          
 『マルクス主義国家論』p13−68
1.マルクス主義の市民社会論
 (1)マルクス主義の市民社会論(その一)
  (A)「国家と市民社会」論のプラン
 「国家と市民社会」論のプラン
   =近代の政治構造全体の分析、究明であり、近代国家と近代社会のトータルな止揚を目的とした革命家の理論的プラン

   『ドイツ・イデオロギー』以後のマルクス=エンゲルスの作業
     ・近代市民社会のより立ち入った分析
     ・近代の国家および政治の分析

   マルクス=エンゲルスの政治理論上の活動は、プランの構想に大きく依拠しながら遂行された
    →近代国家と市民社会のトータルな分析と究明のための歴史的=論理的な方法(視角)をさし示している

  国家権力の把え方
    従来のマルクス主義者・・・実体的に取り出し、機構的・機能的に論じる=形而上学的
    マルクス      ・・・公的権力と市民社会の様々な権力との関係において考察する
=対立物の統一・弁証法的
                  →「近代における国家と市民社会の分離=二重化」
                    =「公的権力と<社会的権力>との分離=二重化」

  現代革命論の確立のためには
   →近代国家論を、公的権力と社会的権力との不可分の関連において分析・究明


  (B)Kraft,Macht,Gewalt
 『ドイツ・イデオロギー』においてKraft,Macht,Gewaltを峻別し、連関を明確化

 Kraft ・・・社会的諸力としての生産力や、その構成要素としての生産手段、労働力、あるいはMachtとして組織され結集されていない即自的な状態におかれた人間集団、、さらに自然の諸力などといった物理的に作用する諸力
 Macht ・・・Kraftのうち、意志関係の創造を媒介にして、諸個人との有機的な関連において組織され構成され、社会的な力として押し出されたもの
 Gewalt・・・人間に対して暴力あるいは強力として作用する状態におかれたすべての諸力


 (2)マルクス主義の市民社会論(その二)
  (A)Machtの総体としての市民社会
 市民社会・・・生活資料を生産するためのMacht、人間を生産するためのMacht(2つを含めて生産の歴史的組織)および、この<生産の二種類>を媒介するところの物質的交通に従事するMachtといった諸Machtの総体によって構成される

唯物史観の定式(『経済学批判』序文)
市民社会=生活諸<関係>の総体・・・Macht的な構造をも含んだ関係を指す
                  意志関係を媒介にしない自然的関係の場合とは本質的に異なる
      →19世紀の社会主義者:経済諸関係をMachtとして把えることは常識
−現実を正視し、ここから学ぶことを義務づけられる
  cfレーニン・・・経済的権力の問題提起

  市民社会の諸Machtは、何よりも諸階級のMachtとして把握されねばならない
    支配階級・・・物質的生産・精神的生産においてMachtとして構成・支配
    被支配階級・・一大Machtとしてブルジョアジーの諸Machtと対立・抗争→国家を組織(プロレタリア独裁)


  (B)ökonomische Machtとしての資本
 資本=社会的生産の内部において生産条件の所有者(資本家)が、生きた労働力の所有者(労働者)との間にとり結ぶ、意志関係の成立(契約)を媒介にした一の社会的関係の表現であり、<対象化された労働>が生きた労働を支配し搾取する手段になっている<関係>
       意志の支配=服従関係の成立を前提→資本のMacht

 資本のMacht・・・資本家のMachtとしてたちあらわれる

 すべての権力がもつ2つの側面・機能
   ・分業に基づく倍加された力の獲得 ← 資本のMacht(ökonomische Macht)
   ・イデオロギーによる秩序の獲得  ← politische Macht(政治権力)とりわけStaatsmacht(国家権力)


  (C)soziale Machtの発展
 貨幣のMacht・・・高利貸→金融資本

 資本家階級としての一大Macht ← 諸Machtの系列化・連合
   Machtの縦の系列化・・・中小資本の小Machtを、下請け工場として系列化
   Machtの横の系列化・・・電鉄会社によるスーパー経営などへの進出
   巨大資本同士のMachtの連合・・・カルテル・トラスト・シンジケート
   階級としての共同利害を押し出すための階級の連合Macht・・・経団連・日経連

 経団連・日経連
   内部・・・階級としての秩序の維持と実現を目指す
            →<イデオロギー的>な性格が強い、soziale MachtとStaatsmachtとの中間
   外部・・・階級としての共同利害を強力に主張する機関=Gewalt
     近代国家の本質:資本家階級の共同利害を、社会全体の「共同」利害として強力に貫徹せしめる


2.マルクス主義の国家論
 (1)国家と革命
  (A)国家論における二つの見方
 ・マルクス以前の支配的な見方
→国家や国家権力が能動的な存在であり、現実的な諸関係としての社会は、それによってつくりだされるもの
 ・マルクス主義
→Machtとしての現実的な諸関係が、同じくMachtとしての国家をつくりだす


  (B)政治革命と社会革命
 <経済的>に支配する階級は、国家に対する支配を媒介にして<政治的>にも支配する階級としてたちあらわれる
 政治的権力の獲得には、まず自己を市民社会において最も有力なMachtとして組織し結合しなければならない
 政治革命の問題は同時に社会革命の問題として究明され提起されなければならない

 (2)国家の生成をめぐって
  (A)問題の所在
 Politische Machtとしての国家の生成・発展についても、自然発生的な分業の発展とそれにもとづくsoziale Machtの形成・発展という現実的過程との関連において考察しなければならない

  ・「原始公権力→政治権力としての国家権力の成立」の過程の歴史的=論理的概括
  ・この移行の歴史的=具体的な形態および過程についての特殊的かつ各論的な分析と究明

 →前者の作業は国家理論の低迷・混乱となって現出
   原因は
   ・レーニン:氏族制度・原始公権力扱わず→無視して構わないという習慣
   ・意志論、Macht論の欠落
   ・原始公権力の理解へと進む人々が存在しなかった


 (B)soziale Machtとしての原始公権力
氏族のサケムや隊長の権力は限られており、必要時に<氏族の意志>に従って行動するよう義務づけられていた
→原始公権力・・・soziale Machtの総体としての全氏族員によって構成
         ≠<イデオロギー的>Macht


  (C)第三Machtとしての国家の生成
 原始公権力・・・特定の経済的発展においてのみ合理的
           →土台の変動と共に変革

 国家が形成・確立されてくる歴史的=論理的過程
   ・地域住民の共同利害の処理・管理
   ・諸階級の共同利害の保護・配慮
     ↓
   公的機関の登場
     法の成立=公的強力の成立 ex警官、憲兵
     ↓(拡大)
   <租税>登場・・・血縁的共同体にとどめ


 国家生成の一般的概括において重要な視角
   国家権力が、社会的分業による社会の諸階級への分裂とともに、第三のMachtとして形成され登場してくることを正しく把える


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2005年10月22日

滝村読書会のレジュメ

過去二回の滝村読書会のレジュメとそこで出された論点・疑問点(の一部)を紹介したい。まずは、前々回の「二重権力論」を扱ったときのもの。Kちゃん作。
   
   
滝村読書会 
「二重権力論」(『新版 革命とコンミューン』〔1977〕所収)の要約とコメント
2005.7.15
   
1.問題の提起
*権力の移行過程の構造分析の必要性
→その前提として、権力構造の原理的・具体的な分析を豊富な歴ツ的経験を媒介にして深化させる必要
   
2.二重権力成立の論理的可能性
・国家権力の構造は立体的かつ重層的に構成されているのだから、もともと二重、三重になりうる論理的可能性を含んでいる
・権力の立体的な構造は国家意志の体系的な構成とそれに基づく国家機関の立体的な構造との統一
・各国家機関は国家意志によって統一され、有機的に位置づけられている一方で、一つの機関として相互に対立し、独立した活動を行なう
⇒国家意志による統一(規定)に対して、機関の敵対的な共通の意志が成立する可能性
   
3.二重権力の歴ツ的形態
@旧権力の内側から生まれた二重権力
旧国家機構の中に強固な足場をもって相対する2つの階級が旧国家機構を真二つに分断して対峙→権力の二重化が固定
英仏:「王権」に結集した国王・封建貴族と「議会」に結集した新興ブルジョアジー
A旧権力の外側から生まれた二重権力
ロシア:ブルジョアジーを中心に旧勢力を含む「臨時政府」とプロレタリアート・農民を中心とする「ソヴェト」
臨時執行委員会は国家行政の核心を握り、臨時政府は外交権や国政の基本的方向を決定
   
4.二重権力の特質的構造
・権力構造の二重化は、国家意志とその具現としての国家機構の体系が、上から下に真二つに分割されて、2つの階級の権力関係が相互に均衡するような状態をいうのではない
・同一の領土を基礎にして相対抗している2つの権力が<第3の権力>としての国家権力の中で、全ての分野において全く均衡した権力関係をとり結んでいるとしたら、国家的指導の全体系は完全に麻テし、解体してしまうだろう。
⇒権力の二重化は実態的には2つの機構の対立であり、本質的には国家意志の立体的な二重化である
→憲法・法律などの理念的・形式的な部分(支配階級が把握)と政策・政令などの具体的かつ実質的な部分(新階級が把握)との分離・対立
   
   
5.移行過程と二重権力
・支配階級内部のあらゆる二重権力的状況を正確に把握・分析してのみ革命への移行・接近の具体的形態が可能となる
   
   
#コメント
@「二重権力」と<統治>と<行政>との対応関係
   
A全ての分野において全く均衡した権力関係をとり結ぶ「論理的可能性」(23頁)があっても、それが実際に現出しないのはなぜ?
   
B二重権力が領土の分割としても現出する場合と現出しない場合とにおける性格の違い
   
*Sさんのコメント
そもそも国家権力の構造が立体的・重層的である(=二重、三重になる論理的可能性)というが、これが実際に二重権力状態になるのは、どのような条件があった場合なのか?
   
この問題にかかわりそうな点としては、
○国家意志における理念的・形式的部分と具体的・実質的部分の区別と連関(<統治>と<行政>?)
○<政治Macht>の階級的性格と<経済的>出自のズレ
*ブルジョア独裁下での社会民主党政権の成立(労働者階級の<政治Macht>による国家の実質的部分の掌握)は二重権力状態ではないが、「労働者階級の前衛」たる共産党内での権力争いである中国の文化大革命は二重権力状態として把握される。

   
   
これに対する疑問点。By O。
   
   
2005年7月15日(金)
二重権力論
2.二重権力成立の論理的可能性
   
・「国家権力の構造は立体的かつ重層的に構成されているのであるから、そういってよければ、はじめからいつでも二重にも三重にもなりうる論理的な可能性を含んでいるのである。」とあるが、論理的とはどういうことか。単に「二重にも三重にもなりうる可能性」とするのとではどう違うのか。
   
・「<政治的=イデオロギー的権力>としての国家権力は<意志>の支配=被支配関係において成立する。それは一個の矛盾である。」とあるが、国家権力が<意志>の支配=被支配関係において存在するとはどういうことか。また、それがなぜ矛盾なのか。
→意志を支配する人間がいて、その意志に支配される人間がいて、国家権力が生ま
れる。そして矛盾とは、この2種類の人間の矛盾である、ということか。
   
・「権力の矛盾はさまざまな特殊性を持っているから、様々な現象を示してくる。二重権力もその一つにすぎない。」とあるが、では他にどのような現象があるのか。
   
・Gewalt、Machtとは何か。さらに「KraftがMachtである」(3.二重権力の歴ツ的形態 補注2)とはどういうことか。
   
3.二重権力の歴ツ的形態
   
・原口清は正しい<意志>論をふまえた政治論に立脚している(補注1)と書かれているが、「政派」の階級的性格についての引用文に含まれている正しい<意志>論とは何か。
   
→「政派の性格をその構成人の出自によって想定する」とは「こういう出自、こういう環境で育った人の集まりなのだから、政派としての性格はこういうものだ」という、人間の意志は外界によってのみ規定されるという考え方である。一方、「政派の性格は、その政治目標や政治綱領が、いかなる階級の利益を反映しているか、などによって識別すべき」とは、「政派の政治目標などが構成員の階級の利益につながるとは限らない」というもので、構成員の意志は、現実の生活から相対的に独立して規定されるという考え方である、ということか。
   
4.二重権力の構造的特質
   
・「同一の領土、同一の地域を基礎に相対抗している二つの権力が、<第三の権力>としての国家権力の中で・・・」とあるが、<第三の権力>としての国家権力とはどういうことか。
   
5.移行過程と二重権力
   
・「特殊性それ自体が他面では同時に、普遍性、一般性でもあることを忘れてはならない。」とあるが、なぜここでこの文が出てくるのか。ここでの主張は、革命には特殊性も普遍性も両方を持っているから、普遍性はどういう点にあらわれ特殊性はどういう点にあらわれるかを考えなければならない、ということではないのか。

   
   
次に、前回の「天皇制研究の視角」を扱ったときのもの。S君作。
   
   
天皇制研究の視角
   
はじめに
学者の2つの類型
「哲学者」
「実証研究家」
   
   
一 明治維新はブルジョア革命ではない
   
※革命(一般)…Machtの力関係の根本的な変革
 →革命的事象の分析と評価のためには正しいMacht論が必要
   
明治維新が「ブルジョア革命」かどうかはあくまで<政治革命>の問題。
しかし、“マルクス主義者”は、権力論の弱体から<政治革命>と<社会革命>を同一視(前者を後者に解消)。
→戦前の講座派・労農派論争以来、資本制的な生産様式の進展具合がブルジョア革命か否かを決定するものして捉えられた。
   
<社会的=経済的国家>が<ブルジョア国家>でも、<政治的国家>が<ブルジョア国家>になっていないこともありうる。
<社会革命>と<政治革命>は明確に区別して究明を!
   
「明治維新はおろか終戦に至るまで、ブルジョアジーは資本制的生産様式の高度な発展にもとづいて、国内最大かつ最強の<経済Macht>として君臨しながら、自己を最強の<政治Macht>として結集しえず、ついに<政治的国家>を獲得することができなかった」
*<社会=経済政策>の位置づけ
*対外侵略の二重性
   
   
二 土台直結論の二つの型
   
その1:階級権力の多元的存在という事実をそのまま国家権力のあり方に機械的に対応させる(「実証研究家」型)。
   
その2:社会における最強の階級の支配という文献的「事実」を機械的に国家権力の<一元的=階級性>の問題として対応させる(「哲学者」型)。
   
   
三 第三権力としての例外国家
   
 国家権力は一般的に「第三権力」なのであり、「例外国家」はその特殊な場合として位置付けられる。
   
第三権力
 階級闘争による社会の滅亡を防ぐため、外見上社会の上に立って、この衝突を緩和するイデオロギー的権力。経済的に支配する階級は国家権力への支配を媒介にしてのみ、<階級独裁>を実現しうる(「階級支配の道具」としての国家権力)。
   
例外国家
 いずれの階級権力も自己を最強の<政治Macht>として構成して国家権力を掌握するに至らない場合に現出する、階級間の政治Machtの対抗状態。
 相対抗する二つの階級権力が<経済Macht>として共に強力でも、<政治Macht>としては共に弱体・未熟なため(絶対主義)、あるいは、共に強力なため(ボナパルチズム)、生じる。
   
   
四 絶対主義のイデオロギー的特質
   
 絶対主義の強固さは、執行権力の強固さにではなく、<政治的イデオロギー>の強固さによって規定される。
*西欧絶対主義のイデオロギー的脆弱性に比較しての天皇制イデオロギーの強固さ
 封建的大・中Machtの粉砕により下部末端の微小Machtと中央国家権力を直接結合。
   
   
五 イデオロギー的権力と広義の国家
   
イデオロギー的権力としての国家権力の発展
→国家意志と社会の中の諸Machtとの間に体系的・有機的な意志関係が創出される。国家権力を機軸とした諸Machtの体系的連関が<政治体制>を成立させ、ここに<広義の国家>が確立する。
   
   
六 広義の国家の展開
   
戦前の天皇制の強固さは、天皇制イデオロギーの強固さに対応して、<広義の国家>を創出し展開させることができた点にある。
   
*半官吏的な人間
   
   
論点
 <政治的国家>と<社会的=経済的国家>という<狭義の国家>の二重性と、<第三権力>としての捉え方の関連について。

   
   
これに対する疑問点。By O。
   
   
読書会       2005年10月12日
天皇制研究の視角
   
疑問点
   
・「従来の“マルクス主義者”では・・・認識論と意志論が弱体だったため、権力論を充分に展開できなかった。」(1.明治維新はブルジョア革命ではない 6行目)
  → 認識論・意志論と権力論はどのように関係しているのか。
   
   
・「例外国家」について
  例外国家とは。例外国家の例外性とは。第三権力との関係。
   
   
・「社会から観念的に疎外された『イデオロギー的権力』・・・」
(3.第三権力としての例外国家)
  → 「疎外」とは。
   
   
・「絶対主義天皇制は現代国家における以上に下部末端の微少Machtを中心に、残余の諸Machtおよび個人に対する『規定力をミニマムにまで限定』することによって・・・」
(4.絶対主義イデオロギーの特質)
  → 具体的にはどういうことを言っているのか。
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2005年10月17日

滝村隆一「天皇制研究の視角」(『革命とコンミューン』所収)

僕の都合で中断していた滝村読書会を再開した。今回扱った論文は「天皇制研究の視角」である。

この論文で滝村氏は、学者の二つの類型、すなわち「哲学者」タイプと「実証研究家」タイプを批判し、正しいMacht論がなければ、明治維新や天皇制の問題を本質的に理解することはできないと主張している。

弁証法的には、<政治的国家>と<社会的=経済的国家>の二重性の把握が大切であると思った。これに対応して、国家の<政治的意志>と<社会的=経済的意志>の区別、<政治革命>と<社会革命>の区別も大切であって、これを混同ないし同一視してしまうと、革命的事象の分析と評価ができなくなってしまう。

研究方法という点に関しても示唆的である。大胆に整理してみると、「哲学者」的方法と「実証研究家」的方法を統一する必要があるということだ。つまり、一般論を仮説的であっても大きく掲げつつも、事実と向き合って、事実と格闘する中で、論理と事実の上り下りをくり返す、そうすることによって次第次第に対象の構造が明らかになっていき、最終的には仮説的一般論が本質論にまで昇華する、という感じか(ここは南郷継正氏や瀬江千史氏等が『医学の復権』等で説かれている内容を、自分なりに説明しただけなので、大いに誤解や歪曲が含まれていると思うが)。

明治維新はブルジョア革命ではないとして、絶対主義天皇制の特徴を解明しているところは非常に興味深い。「忠君一体」の天皇制イデオロギーの強固さが説かれているのである。少し長いが引用してみる。

「古典儒教においては、『孝』がすべての徳の基本であり、天地そのものの理法であるとされていた。つまり『孝』と『忠』は無関係であった。しかし天皇制イデオロギーは、国家を家と擬制し、天皇と国民との関係を親子に擬制することによって、『忠』『孝』を一体化した。日常生活において親に孝行しなければならないという、それ自体としては一応根拠のある思想から、天皇に対して忠義を尽くさなければならないということの正当化が、導き出されたのである。さらにこれと並んで直接には氏神との関係しかもたない国民(氏子)が、天皇のために死ぬ(戦死)ことによって、一躍『神』となり靖国神社に祭られて、天皇直々の参拝を受ける最高の栄誉を与えられるという、観念的(イデオロギー的)な保障の側面をも見落としてはならない。」(『新版 革命とコンミューン』p.98)

この強固な天皇制イデオロギーに比較して、西欧絶対主義のイデオロギーは脆弱であったと説かれている。

なお、この部分の「補註」に、高木宏夫『日本の新興宗教』(岩波新書)を参照せよ、とあるが、この著作は三浦つとむが全面的に協力し、合宿を行って討論しながらまとめたものである。高木氏は川島武宜氏の実弟である。

次回は『マルクス主義国家論』(三一書房)の諸論文を扱うことになった。
posted by 寄筆一元 at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都弁証法認識論研究会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月26日

滝村隆一「二重権力論」(『新版 革命とコンミューン』イザラ書房、所収)

先日行った滝村国家論の読書会で扱った。これは、滝村隆一氏が法政大学三年生の時(23歳頃)に書いて『試行』に発表した処女論文である。南郷継正氏によると「東大教授がペンネームで書いたのではないかとの噂がたったくらい秀れた政治学の論文」(『武道の復権』p.194)ということである。僕が生まれる10年以上も前に、若き日の滝村氏がこのような論文を書いたとは、本当に驚きだ!

読書会には三浦つとむ主義者=南郷信者(直接的同一性、とか言ってみる)である僕のほかに、同じく三浦つとむ主義者で南郷信者のS君、某一流(?)大学院D2のK(といっても、もちろん夏目漱石『こころ』で死んでしまうKではない)ちゃん、それにO(僕の弟。「おとうと」の「お」からO)が参加した。S君は参考資料として、トロツキー『ロシア革命史』(岩波文庫)から「二重権力」の章をコピーしてきた。マルクス主義者による、数少ない二重権力の検討だという。

初めにKちゃんが「二重権力論」の内容をレジュメにそって報告。次に疑問点や論点を出し合って、初参加のOのために、Kraft、Macht、Gewaltや国家意志、<第三の権力>などの基本用語を確認した。念のために、『増補マルクス主義国家論』からKraft、Macht、Gewaltの説明を引用しておこう。

Kraft:
「物理的に作用する諸力」(p.26)

Macht:
「自然・社会・思惟にわたって、人間に能動的に働きかける力をその過程的構造において把えたもの」(p.97)
「諸個人が<生活の生産>において直接・間接にとり結んだ関係を基礎にしてつくりだされた・規範としての<共通意志>による支配=服従関係を本質とした・<支配力>」(pp.27-28、社会におけるMachtの規定)

Gewalt:
「人間が創り出した社会的諸力であれ、雷などの自然諸力であれ、人間に対して暴力あるいは強力として作用する状態におかれたすべての諸力」(p.26)

なお、三浦つとむはKraftを「力そのもの(物質的または観念的な)」、Gewaltを「人民に対して行使される暴力」、Machtを「管理力」(「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」、1967年頃提出、『胸中にあり火の柱』pp.322-323)と規定している。

その後、国家意志における理念的・形式的部分と具体的・実質的部分の区別と連関、さらにこの両者は<統治>と<行政>に対応するのかどうか、また<政治Macht>の階級的性格と<経済的>出自のズレなどについて、いろいろと議論をした。なお、<統治>と<行政>概念に関しては、一般向けに書かれた『ニッポン政治の解体学』p.110に簡潔に説いてある。全ての論点を扱う前に時間切れ、続きは居酒屋で行うことになった(もちろん、居酒屋で続きなどは行っていない)。

僕が弁証法の参考文献としてこの論文から学ぶべきだと思うことは、矛盾は具体的に正確に把握・分析しなければならないこと、さらに対象を思い通りに変化させるためには対象の持つ法則性をしっかりと認識しなければならないこと、の二点である。ここまで言ってしまうと一般的すぎるかもしれないが。。。

ともかく、題材がなんであれ、同じく弁証法・認識論を学ぶ仲間とは、こうして定期的に会ってお話しするのが刺激にもなって、たいへんいいことだと思った。
posted by 寄筆一元 at 02:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都弁証法認識論研究会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする