2006年08月29日

南郷継正「武道哲学講義〔T〕」PART1,2,3

南郷継正師範の「武道哲学講義〔T〕」PART1,2,3(それぞれ『全集』第四巻、『学城』第一号、第二号所収)を読み返した。正直、「こんなことまで説いてあったのか!」との思いがしきりである。やはり、数回読んだくらいでは、読んだことにならないと痛感した。

一番驚いたのは、論理学と哲学の区別と連関が見事に説かれていること、そして論理学=学一般の構造論が示されていることである。まずは、論理学と哲学の区別と連関に関する記述を引用しておこう。

「一から生成発展してきた世界全体を丸ごととらえ、そこからとりだした論理を体系化した論理学、およびそれを駆使の体系においた学問体系としての哲学」(『全集』第四巻p.319)


「論理学とは実体としての世界の論理構造を観念体の論理構造として体系的に把握したものであり、哲学とは論理学を『駆使の体系』におくこと、つまり論理学の体系的論理構造を用いて世界を説(解)ききることである」(同上p.336)


実はこの内容は、『武道講義第二巻 武道と認識の理論U』で既に説かれていた。しかしこれだけでは、「像のない言葉としてしか理解することができなかったであろう」として、この講義では「その論理学=学一般の像を、運動性=弁証法性をもって、浮かびあがらせた」(同上p.361)ということである。

それでは、論理学=学一般の構造論とは何か。どうやら三本柱であるようだ。曰く、自然の弁証法的解明(「生命の歴史」)、社会の弁証法的解明(「人類の歴史」。ヘーゲルが『歴史哲学』において明らかにしようとした「世界史」に匹敵するもの)、そして精神の弁証法的解明(「学問の歴史」。ヘーゲルが『哲学史』において明らかにしたかった内容に匹敵するもの)、である。日本弁証法論理学研究会では既に自然の弁証法的解明はほぼ終了しており、現在は社会および精神の弁証法的解明が正面にすえられているという。

解明済みの「生命の歴史」については、以下のように説かれている。

「宇宙の誕生から、太陽系の誕生、そのなかの地球の特殊なありかたからの生命現象の誕生、そして地球との相互浸透による生命現象から単細胞生命体への転化、さらにそこから、カイメン、クラゲ、魚類、両棲類、哺乳類を経て、サルから人間への発展の一本の大きな道筋と、その時々の全宇宙的相互浸透のありかたが、すべてにわたって解明されているのであり、自然に関して、ここから解けない問題は現在ではなに一つない。」(同上p.356)


凄まじい内容だ。この「生命の歴史」は、以前『綜合看護』に「看護のための『いのちの歴史の物語』」として連載されていたものが、近々(年内といわれている)単行本として出版されることになっている。絶対に買いである。

その後、「学問としての『世界史』を理解する鍵は『地球の歴史』にあり」として、その二重構造が説かれていく。しかし、ここでどうしても納得できないというか、「編集のミスでは?」と思われるような展開がある。それは、この二重構造が、まず『全集』第四巻のp.357のl.8から「一つは」として説かれ、次にp.358のl.5からは「もう一つの構造」として説かれているのに、p.360のl.7ではまた「もう一つの構造」が説かれ始める点である。

同じことは、PART2の初めの部分で、PART1の内容が要約されている部分についてもいえる。『学城』第一号p.219の「弁証法とは」の図のすぐ後に、「次に『世界史』を理解する鍵は『地球の歴史』にあり、のもう一つの構造は」として説かれるのであるが、それはたった今まで説かれてきたことではないのか? つまり、p.217の上段から下段にかけて、「次に『世界史』を理解する鍵は『地球の歴史』にあり、のもう一つの構造は」と全く同じ文言があり、そこからp.219までそのことが説いてあるのである。

僕は、初めてこのPART2を読んだ時から、「あれ?何かおかしいぞ」と思っていた。今回読み返してもやはりおかしい。一体どういう論理展開になっているのか。おそらくおかしいのは僕のアタマの方であろうから、どこをどう勘違いしているのか、分かる方がいらっしゃったらご教授ください。

さて、問題の二重構造であるが、その一つ目が、まさに目からウロコであった。「自然の生成発展の論理構造、すなわち自然の弁証法性は、社会および精神の生成発展の論理構造、すなわち社会の弁証法性、精神の弁証性と同一の構造を有する」として、具体的には以下のように説かれている。

「世界史は地球の歴史である。地球の歴史をみることによって、人類の歴史をアバウトにみることができる。これが弁証法すなわち一般的な運動の法則性である。人類の歴史とは、地球の生成発展の一般性がちょっと形を変えただけである。地球の歴史、すなわち太陽系の物質としての生成発展の一般性をみれば、生命体の歴史の一般性がわかる。
 両者はアバウトにみると同じで、生命体の歴史は、地球の歴史のちょっと歪んだ形でしかない。同じように、地球の歴史の一般性が、ある程度構造づけてわかれば、人類の歴史の一般性もアバウトにわかることになるのである。こういう効用を他の学者たちはわからなかったのである。」(『全集』第四巻pp.357-358)


「人類の歴史とは、地球の生成発展の一般性がちょっと形を変えただけである」の部分を読んだ時、「なるほど! 弁証法的にはこのようにとらえられるのか!! 弁証法にはこのような効用もあるのか!!」と心躍ったものである。

PART2では、弁証法でいう発展の論理構造の核心を、格言レベルで表現したものとして、"change of the place, change of the brain"という言葉が紹介されている。これが、「生命の歴史」で一番学ばなければならないことであるという。この自然で解明した弁証法性を導きの糸として、社会の弁証法性の解明に進まなければならないと説かれている。

PART3では、「学問としての『世界歴史』とはなにか」として、社会の弁証法性について説かれているといってよいと思う。ここでは、弁証法的唯物論の立場から説く本来の「世界歴史」とは、「人類(として)の社会的認識=社会的労働の発展形態の歴史である」と規定されている。また、この概念規定に至るまでの学問的系譜として、カント・ヘーゲル・マルクス・滝村隆一の説く「世界歴史」についても触れられている。

PART3で一番感動したのは、「学問としての『世界歴史』物語のサワリの概略」として説かれた、「劇画レベル」の解説である。非常にイメージが湧きやすい。像が流れる感じである。"change of the place, change of the brain"の表象像として位置付けたい感じである。

今回読み返して、やはり師範の説かれる内容は、私が高校の時以来憧れつづけている哲学そのものである!との思いが強まったことである。超壮大なスケールである。今後とも、この素晴らしい論文を味わっていきたい。特に、新旧二つの弁証法に関しては、まだまだ知識レベルの理解すら曖昧だということが判明したので、『全集』第二巻を何度も読み返そうと思った。
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2006年08月27日

おにーちゃんとの対話、おとーと君の抜け駆け(?)。。。

(最初にお断り。以下は、鬼ーちゃん以外には意味不明の雑文になっている部分があるかもしれません。)

ちょっと前に、鬼ーちゃんが家に帰ってきていたので、(哲学的?)問答を行った。僕の観念的二重化の能力不足のために、鬼ーの気持ちを考慮できなかった。しかし、鬼ーも鬼ーで、認識論の学習不足から、勘違いをしたり、僕の実力を見誤り、過大評価したりしていたようだ。

そもそも観念的に二重化(すなわち自分の他人化)を行うためには、相手の世界を詳しく知る必要がある。観念的二重化とは、世界の二重化と直接に自分の二重化を行うことである。しかし、論理的には世界の二重化が先行するはずだと理解している。極論すれば、相手の世界が描ければ、相手に二重化できたことになるのである。学校の先生が教え子の家庭を訪れる家庭訪問というものが存在するが、あれも先生が教え子の生活している世界を知ることによって、生徒の立場に立つことを可能にする実践である。

名人・達人レベルになれば、初段程度ではとうてい「見る」ことの不可能な顔の表情や顔つきなどで、即座に相手の認識(の過程)を読み取ることが可能となるのであろう。しかし、僕はもちろんその域に達していない。いくら血を分けた双子の鬼ーとはいえ、鬼ーの生活する世界や具体的状況の情報なしに、鬼ーの認識を追体験することはできない。

ただ、具体的な認識を追体験することはできないとはいえ、すぐ感情的になり、(鬼ーの言葉によると)「恐い顔」をするようでは、認識のコントロールができていない、といわれても仕方がない。確かにその通りである。(鬼ーちゃん、ごめんなさい)

では、ここで私の目指す認識論の達人レベルを紹介しよう。南郷継正師範である。南郷師範は、『試行』30号に初めて論文を掲載したあと、東京新聞で「文章力云々」と揶揄されたそうである。以下は、南郷師範の論文の引用である。

「それから後は必死であった。一級品の文章、それも<論文とは何か>を思いつめたみたいに他人に尋ね、かつ学び始めたのである。そんな私を見て忠告してくれた人がいた。
『人間は、それぞれに持ち前というものがある。理論家は理論家の、そして実践家は実践家のそれなりの行く道があるのだ。その二つは異質なものであって、両方を志すわけにはいかない。誰もが二兎を追うことはできないのだ。あなたは実践家なのだから、理論的なことには向かない。無駄な勉強はやめて、自分の専門で頑張ればよい。それに文章は下手でも心がこもっていればよいし、思っていることが伝わればよい。その方が、心が伝わって読者にも役に立つし、喜んでもらえよう。なまじっか変な風に思いつめたりしないで、素直に書きたいことを表現すればよいのだ。学の究明などと夢は追うべきではない。それはよした方がよい。(原文通り)
 これは、当人にしてみれば自分の体験からでた、誠の忠告であったろう。無駄な努力をさせまいとの老婆心ならぬ親切心からだったであろう。だが、惜しむらくはこの人は、人間性を、私という人間をあまりにも知らなかったといえよう。この言葉を聞いたときの私の顔は見られたものではなかった筈である。自分でも血の気が引いていくのがはっきりと分かっていたからである。それでもこの忠告を押して、あえて私は相手の人に『武道を学として確立したい、科学として体系づけたい』との意を告げた時、『それは無駄なことだ。何の意味もないからよしなさい』と、ピシャリと断言されてしまったのである。この時私は、今度は顔から火が出たかのごとくに感じ体中が鳴動したかと思ったくらいである。『何を! そんな馬鹿な! そこまで低く見られていたのか、冗談ではない。俺だって人間だぞ。どうして俺にできないのだ』というのが私の感覚そのものであった。
 私はその日一日、心のなかで荒れ狂っていた。逆巻く怒濤そのままに、怒り心頭に発すの思いであった。念のために読者にいっておくが、かかる場合でも私は、すぐに外見は平常心の外化そのものに変化できるのであって、これは絶対に顔色一つ変わったと見えないくらいの瞬間のことである。」(南郷継正「武道の理論」(29)、『試行』58号p.171)


さすがは認識論の達人、私も表情に出さないくらいは、すぐにできるように研鑽したい。(なお、この論文は、南郷師範の単行本には収録されていない。それにしてもこの「忠告をしてくれた人」は滝村さんか?)

ただ最近、認識のコントロールということでいうと、ちょっとした実験に成功した。それは以下である。

最近は、塾の夏休み講習が忙しく、8日間連続授業で、しかもそれなりの準備時間が必要な授業ばかりだったので、「うわ〜、これから8日間はしんどいな〜」などと思っていた。先のことを考えると、憂鬱な気持ちになってしまうのである。さて一般に、「気持ち」というのは、認識がもたらすものである(というか、認識の一種であるが)。認識とは、対象の反映であり、像であって、その像とは五感情像だから、ある像にはある感情が伴っている。先々の苦しい授業準備場面、200分+120分続く授業の場面、こういったものを想像すると、そこに不快の感情が、「いやだな〜」というような気持ちが伴うのである。つまり、感情・気持ちの原因は、認識=像である。だから、その認識=像をなくせば、「いやだな〜」などという不快の気持ちもなくなるのである。先々の授業準備場面や長時間の授業場面などを想像しなければ、苦しむこともないのである。余計なこと・どうしようもないことを考えて、不快になっても仕方がない。そう判断して、先のことを考えないようにしたのである。それだけで、だいぶ気分が楽になったものである。

以上を一般化するならば、自分の脳細胞が描いている認識=像を客観視し、その像の威力を客観的に眺めることである。日常生活にありふれている上記のような場面で、自己の認識=像を客観化・対象化できないようでは、認識のコントロールもへったくれもない、などと思った。

今度はおとーとの話である。ご存じの通り、最新号の『綜合看護』における南郷師範論文で、「足のウラのヤケド、ヤケドの連続の夏の鍛錬」が紹介されていた。「数年間もつづけることができれば、あなたはまず『医者知らず』の体調となっていくばかりか、アタマの冴えかたは自分にとって気味の悪いくらい(?)のものとなってくるはずです……。」と説かれている。早速実践せねば、と思っていた矢先、家に帰ってきているおとーと君が、僕に内緒で、抜け駆けしてこの鍛錬を行っていたのである。自分ひとりだけ頭をよくしようという魂胆がバレバレである。そうはさせじと、翌日から僕も一緒に行うことにした。

具体的には、昼の一時頃、炎天下のアスファルトの上を裸足で歩くのである。「おっ、何だ、普通に歩けるやん」とか思うのは、最初の15秒〜30秒である。1分も歩くと、太陽の巨大なエネルギーを痛感せずにはいられない。はっきりいって、直火で熱せられた鉄板の上を歩くような熱さである。思わず笑ってしまうくらいである。それでも、そのへんに生えている草をむしりをしながら休憩をとって、最後は100メートルくらいをダッシュして、一日目の鍛錬を終えた。

なお、ここでどうでもいい話をしておくと、僕は某一流大学卒業の非情な秀才(というほど秀才でもないのがまた悲しくもあり、また喜ばしいところでもある)であるが、中学・高校とまじめにバスケットボールをやっていたせいか、走りは割と速かった。50メートル走は6,5秒、1500メートル走は4分半であった。50メートル走は土のグランドを裸足で走ってのタイムである。1500メートル走は張り切りすぎて、陸上部の人間に勝ったまではよかったが、走り終えた後、口の中が血の味でいっぱいになり、貧血を起こし、その後2時間くらい非常に気分が悪かった。

閑話休題、一日目の鍛錬終了直後は、確かに足のウラがひりひりとして、普通に歩くにも難儀であったが、しばらくすると、ヒリヒリ感はひいていった。スキーを一日中した後に床についた時、目をつむるとまだスキーで急斜面を駆け下りている感覚が残っているものだが、ちょうどそれと同じように、寝ようと思って横になると、まだあの鉄板の上を歩いているような感覚にとらわれた。

二日目は、なんだか足のウラが前日より熱さに敏感になっており、前日ほど歩くことができなくなっていた。最初は1〜2分歩いたと思うが、その後は3秒でやばいくらいの激痛が走り、それでも、おとーとがどんどん歩いていくので、負けていられるかとの思いで、多少無理をして歩きはしたが、どうにもがまんできなくなって、スリッパを履いて休憩した。スリッパを履いても、まだ足のウラが熱く、焼けるようであった。特に、草むしりでもしようとしゃがんだとたん、足が燃えるように熱くなった。何だったんだ、あれは。その後も、5秒ずつくらい、多少は歩いたが、とてもおとーとのようには歩けなかった。

終了後、足のウラを見てみたら、指先と、指の付け根あたりに、大きな水ぶくれがいくつもできていた。痛すぎて、普通に歩くことすらままならぬ。へっぴり腰で仕事に行ったが、途中、量質転化して、水ぶくれが破れてしまったかと思ったほどだ。しかし、帰宅後観察してみると、破れてはいなかった。が、何か、水ぶくれがヨリ大きくなっている。

おとーとは、僕の10倍くらいは歩いていたと思うが、水ぶくれはできていない。日頃からビーチサンダルで歩き回っているおかげで、足のウラの皮が厚くなっており、熱さに耐えられる構造になっているのかもしれない、などと思った。しかし、「ヤケド、またヤケドの連続の練習」なのであるから、ヤケドしないと意味がないのでは、とも少し思う。ふっふっふっ。。。

うわっ、今もう一度足のウラを見てみたら、今にもはちきれんばかりに水ぶくれが巨大化している。普通に歩いただけで、圧迫してはちきれてしまいそうだ。明日はお休みかな。それとも、この状態でも鍛錬をつづけるべきなのか。

いずれにせよ、脳細胞改造へ向けて、まだ第一歩を踏み出したに過ぎない。
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2006年08月16日

『綜合看護』2006年3号(現代社)

ここ2回ほどは、『綜合看護』の読了後の要約・感想を書いていなかったので、今回は書いておこう。ちなみに僕は、知人からお借りしているものも含めると、『綜合看護』は1988年2号から全て所有している。この1988年2号というのは、瀬江千史先生の「現代医学を問う」と海保静子先生の「こどもの認識の論理を求めて」の連載が開始された号である。

(この知人には、交換にディーツゲンの何らかの著作(改造文庫)をお貸ししたはずだが、もはや何をお貸ししたのか忘れてしまった。)

さて、一読後の要約・感想的なメモを、読んだ順に記しておこう。


[連載]
  なんごう つぐまさ が説く看護学科 ・心理学科学生への
  “夢” 講義(31) ―看護と武道と認識論 /南郷継正

「足のウラのヤケド、ヤケドの連続の夏の鍛錬」は是非やりたいと思った。『武道講義第4巻 武道と弁証法の理論』のあとがきを読んだ時は意義が分からなかったが、ようやく分かってきた気がする。それにしても「意義」と「意味」はどう使い分けられているのだろうか? 三浦つとむ的使い分けではないような気がする。

魚類の脳の統括について4つ挙げられている。

1.食事をとるための運動能力
2.食事のための内蔵の運動(消化・吸収活動)
3.脳を含めた体全体の生理面の構造的統括
4.以上の三つを永続的にしっかりと保持するための睡眠の統括

さらに、動物のばあいは本能によって統括されているが、人間のばあいは大きく二つに分けなければならない、とされている。その二つとは、以下である。

1.脳自身をも含めた体全体の運動的活動と生理的活動の統括
2.脳が自身の中に描く像である認識活動の統括

うーん、まだまだ脳の統括について、自分の中で整理できていない。今後、瀬江先生の論文なども含めて読み返し、整理しておく必要があろう。

なお、8年前の連載開始時から登場している看護学生Dさんは、本年からある大学の看護学科の正式の講師になられたようである。師範の連載が始まってからもう8年も経つのかと思うと、かなり焦らなければならない。


[新連載]
  ナイチンゲールの思想に立脚した精神看護学教育のため
  の課題と提言 (1)
  ―ナイチンゲールの人間観の継承・発展と精神看護学の
  カリキュラム構築 /高橋美紀

FN(ナイチンゲール)から受け継ぐべき内容として、FNの人間観、FNの健康観・疾病観、FNのとった研究方法(科学的抽象法)の三つに焦点をあて、順に説いていく。今回は、FNの人間観についてである。

FNの人間観として継承すべき具体的な内容としては、以下の三つが挙げられている。

1.人間のからだ(実体)とこころ(認識)をつながっているものとして捉えること
2.人間のこころ(認識)とそのととのえについて唯物論の立場から考えること
3.社会関係の中でつくりつくられる存在として人間を捉えること

看護学生にこれらの内容を説く際には、同じようなことが論じられている一般向けの書籍から抜粋して解説するそうである。そうすると、自然と薄井先生の「人間とは」のモデルにつながっていくという。「精神看護学担当という立場だし、特に特定の看護理論を教えるということは基本的にはしていない」が、「実体の一部である脳と、認識とのつながりに関する講義をうまく運用してしまえば、伝えたい看護理論の伝えたい本質は伝わるのである」という記述は、興味深い。真理は一つということか。

それにしてもこの論文で一番面白いのは前半部分である。高橋先生のこころにをつけた「優れ過ぎていた」教師たる薄井先生の話や、「(実は)フロイド著作集を愛読し、(密かに)タロット占いを趣味としている」という高橋先生の私生活に関する話などは、高橋先生の意地とユーモアが読み取れる。以前、「意地」が如何に大切かを教えてくださったのも高橋先生であったが、その高橋先生自身も、強烈な意地の持ち主であるのがよく分かった。

薄井先生の『看護学原論講義』を「対象の性質を見抜く力」、すなわち科学的抽象の能力を修得させるためのテキストとして読み直したという話や、人間が「社会関係のなかで互いにつくりつくられる」存在であるという点について、FNがどのように考えていたのかという問いをもって『ナイチンゲール著作集』を読み返したという話は、読書論として参考になる。やはり、このような強烈な問題意識を持って著書を読み返すと、得るものが非常に大きく、新たな発見もあるのだろう。アホみたいに、漫然と、のっぺらぼうに読む僕の読み方を大いに反省させられた。


脳の話(22・最終回) ―[連載] 看護のための生理学・22
  /瀬江千史

脳を鍛える「計算ドリル」や「音読ドリル」は、ほとんどなんの役にも立たないことが、弁証法と認識論に基づいた科学的脳論から説かれている。

脳の統括については、それぞれがどういう関係になっているのかまだ理解できていないのだが、次の4つが挙げられていた。

1.内界の統括(代謝)
2.いうなれば外界の統括(感覚と運動)
3.それぞれの器官を維持するための統括(血液循環、睡眠など)
4.脳自身の統括(像の形成)

また、人間の特殊性として、「人間の脳は、外界からの反映と内界からの反映を統合して、合成像をつくる過程までは、だいたい魚類と同じといってもよいのですが、人間のばあいには、その像を原基形態として、そこからその像とは相対的独立(思いこみをまぜたり)に、時には絶対的独立(完全なつくり話)といってよいほどに、それらの像を無限的に発展させることができるようになっていった」とか、「人間のみが、関わっていく外界および内界の反映像を原基形態としながらも、それとは相対的に独立に、時には絶対的独立といってよいほどに、像=認識を発展させることができ、その像=認識によって、外界へはたらきかけ、外界を変化させることができるようになった」とかいうようにまとめられている。ここもしっかり押さえておかなければ。

しかし、今回一番衝撃的だったのが、以下の記述である。以前からいだいていた疑問に対する、明確な解答になっていたからである。

「…いかなる対象でも原基形態から完成形態へ、完成形態から原基形態へと、何回も辿りかえすことによって、ようやく対象の構造が究明されていくことを、しっかりとわかっておいてほしいと思います。」

なるほどね!!


次代を担う看護学生・医学生への医学概論教育 講座(14)
  ―[連載] 第2部・第3回 /瀬江千史・本田克也・他

前回、人間は、自然的外界および社会的外界と二重の相互浸透をすることによって生きて、生活しているということが、〔図1〕として示された。これは非常にイメージが湧きやすい、優れた図だ。

「人間の病気」は、この図に描かれている社会との相互浸透で日々つくられていく人間の個性的な認識によって、正常な生理構造が歪んでいく過程であるという。したがって、人間の病気がわかるためには、人間社会とは何かが、一般的に、また構造的、具体的にわからなければならない。それを教えるのが、本来の教養課程の社会・人文科学のそれぞれの科目なのである。この図の社会の中身を、具体的でイキイキとした像で埋めていくのが、本来の教養課程の科目でなければならない、ということである。なるほど。

フリーター医師は絶対に医師としての実力がつかないと説かれている部分は、僕にとっては耳が痛かった。「医師は、患者に全的に責任をもちつづけることによって、初めて実力がつくのです」という文章の、「医師」を「教師」や「カウンセラー」に、「患者」を「教え子」や「クライエント」に置きかえても、当然同じことがいえるだろう。


「新連載・器官レベルでの病態の把握」 について
  /薄井坦子

関山先生の論文も読んでみようかと思った。


[連載]
  初学者のための 『看護覚え書』 (10) /神庭純子
  ―看護の現在をナイチンゲールの原点に問う

神庭純子氏は高校教師をやめて看護大学へと転進されたようだ。南郷継正師範をして、「弁証法の達人」といわしめる神庭氏であるから、弁証法関連の記述を引用しておこう。

「過程というものは弁証法的に説けば、生成発展という中身、プロセスであり、文章でいえば起承転結です。
 なぜかというと、過程というものは、あるものが別のものへと変化する途中段階だからです。もっといいますと、『あるもの』から『別のもの』へという途中の段階は、『あるもの』でもなければ、『別のもの』でもないということです。より正確には、『あるもの』がしだいしだいに『別のもの』へと変わる途中ですので、『あるものでもあり、かといってあるものではない』段階と『別のものでもなく別のものでもある』という段階を内に含む(過程的構造といいます)ものです。これが弁証法的にいう過程なのだとわかることが大切です。」


[看護教育者の眼] 大学教育が担うもの(1)
  /三瓶眞貴子

「看護教育制度の充実の歴史的構造」と「教育制度の充実を支えたもの」が説かれている。
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2006年08月15日

日本弁証法論理学研究会編『学城 ZA-KHEM,sp』第三号

未来を見せてくれる、僕にとっての憧れである学問誌『学城 ZA-KHEM,sp』第三号を読了。興奮醒めやらぬうちに、一読後の要約や感想を記しておきたい。もちろん、今後読み込んでいく予定である。

それにしても、これだけのメンバーが学的交流・学的討論をしながらの研鑽ということになると、凄まじいレベルの相互浸透的発展が進行しているのだろう。全体的な印象としては、南郷継正師範が全体を統括されており、論理的に一貫しているという感じがした。


◎南郷継正  巻 頭 言
        ―学問を志す初学者たちに

学問レベルの論文執筆の「大本の目的」は「学問の形成、すなわち学問体系をモノすること」と説かれてある。一般常識的には、すでに出来上がった知見があって、それを公表するのが論文であるとされているはずだ。僕も以前はそうだと思っていた。もちろん、そういう側面もある。しかし、南郷師範は、例えば「この“夢”講義で培った実力」というようないい方をされることが多い。つまり、論文執筆というのは実力養成の一つのあり方であり、まさに「書くことは考えることであり、考えることは書くことである」の実践なのだ。論文を書くことが直接に実力の養成なのである。そのようなものとして論文を書かなければ、つまり「一号よりは二号、二号よりは三号の論文の質の向上」がなければ、学問創出など不可能だという。まさに、自分自身が弁証法の権化であるが如く、変化・発展していかなければならないということであろう。


◎悠季真理  編集後記

『学城』は「年二回の発刊をと願っている」とのことである。それが遅れている理由として、第一に「学問的研鑽の内実を筆にする困難さから」、第二に「学問的レベルでの弁証法の構造をもっての理論性の頭脳活動を創出しながらの論文執筆を要求しているから」と説かれている。僕としては、やはり年二回くらい出していただけると、非常にありがたい。

なお、日本弁証法論理学研究会は、今年の6月で33周年を迎えたらしい。


◎南郷継正  欧州版 『武道の理論』
  悠季真理 ―科学的武道論への招待

『武道の理論』執筆にいたる過程が紹介されており、興味深い。1969年の冬に、南郷師範が三浦さんを訪ねた際、三浦さんのすすめにしたがって『試行』への執筆が開始されたという。この時南郷師範は36歳。うーん、僕がその年になるのはあと何年後だ? 焦ってしまう。

『武道の理論』は数社の出版社から翻訳権がほしいとの話があったようであるが、訳出不可能として打ち切られたという。ところが今回、南郷師範の弟子悠季真理氏が翻訳を試みたいというので、まず「まえがき」からということで欧州版の開始となったらしい。

英訳、ドイツ語訳、ギリシャ語訳であるが、英訳とドイツ語訳の一部しか読んでいない。日本語のまえがきにはないような内容が、欧州人向けに追加されている。英訳は、音読・筆写の教材に使おうと思う。


◎南郷継正  東京大学学生に語る 「学問への道」(1)
        ―平成十六年、夏期東京大学合宿講義

来た来た来た!!! 目次を見るだけでも非常に興奮し、ワクワクする。今回の目次を紹介しておこう。

第一章 真の東京大学の復権に向かって、何をいかに学ぶべきか
 第一節 弁証法と武道空手の学びの同一性について
 第二節 農学とは何か――歴史における農業のおこり
 第三節 武術の歴史上の登場について

次回以降にも、「学問一般としての哲学」「アリストテレスとヘーゲルを学ぶ理由」「社会にはそれを統括する指導者が必要である」「論理学とはなにか」など、非常に面白そうな内容が並んでいる。

こういった内容がさらりと説けるのが本物の実力という感じがする。並大抵の一般教養の実力ではない(当たり前だが)。学生時代に一般教養の学びに精出しておられたことも説かれている。また、空手を始めて一週間目で弟子をとり、ファーブル同様、「毎日、毎日相手に対して教えなければならないことを必死になって学び続けていった」そうだ。私も『昆虫記』(岩波文庫)を読まねばならない、そして、もっと必死で厳しい学びの過程を持たねばならないと痛感した。

それにしても、南郷師範が説かれる一般教養的な内容は、非常に面白い。このような内容の講義録を、是非とも出していただきたいと願っている。哲学史上の名人・達人たる大哲学者の代表的著作を採点されるという『哲学・論理学への道』も、かれこれ8年くらい待っているだけに、非常に楽しみである。


◎悠季真理  古代ギリシャの学問とは何か(3)
 
◎悠季真理  古代ギリシャ哲学、その学び方への招待(3)
        ―ポリス社会が誕生するまでのギリシャ小史

「古代ギリシャの学問とは何か」では、今回から二回にわたってタレスが取り上げられる。「この時代のギリシャはオリエントの文化をどのように学んでいたのか、そしてタレスらの実力は学問的にみて本当はいかなるレベルであったのかを論じる」とある。

当時の時代状況やオリエントからギリシャへの文化の流れが、非常にいきいきと説かれており、分かりやすい。古代ギリシャがいかにオリエントから学び続けていたのか、非常に説得的に説かれている。ここに関してのヘーゲル批判もある。

また、マルクスのアジア的社会措定に関する批判もある。

「学者たるものが世界歴史としてのアジア的社会を論理的に措定する場合の史料としては、あくまでも古代社会(ギリシャ、ローマ)に先行したオリエント社会のものに限定して用いなければならないはずであり、間違ってもそれ以降のインド(しかもイギリス植民地支配下のインド)、ロシア、インカ帝国(十二世紀〜)などの史料を用いてはならなかったはずである。」(p.50)

この部分は、滝村隆一の「世界史の発展史観」の考え方と真正面からぶつかるらしいので、今後の検討課題としておこう。

「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」の方は、副題の通り、「ポリス社会が誕生するまでのギリシャ小史」である。オリエントからギリシャへ、ギリシャ内でも、キュクラデス諸島からクレタ島へ、そしてミュケナイへと、文化の中心となる場所を移動しながら、文化の継承・発展がなされていったありようが説かれている。"change of the place, change of the brain"の一つの具体例ということであろう。

『イリアス』を参照しながら、相手の優れた文化に憧れて学ぶということの実態が、具体的に、鮮やかに描かれているのも興味深い。

両論文を通して、ヘーゲル『哲学史講義』、ヘロドトス『歴史』、アリストテレス『宇宙について』、プラトン『法律』、ホメロス『イリアス』などが、相変わらず全て「筆者訳」である。格好良すぎる。


◎瀬江千史  「医学原論」 講義 (第3回)
        ―時代が求める医学の復権

いつも通り、超読みやすい。以前の著作でも示されていたが、科学的医学体系の本質論と構造論が提示されている。医学とは、「人間の正常な生理構造が病む過程と、病んだ生理構造の回復過程を統一して究明する学問」であり、「礎石にすえられる『常態論』と、その上に成立する『病体論』と『治療論』という構造論を有する」ものである。見事! としかいいようがない。本質は単純であるが、その単純な本質に辿り着くまでに、どれほどの厳しい研鑽があったのか、想像を絶するというものである。

次回は「学問体系の現象論とはいかなるものか、具体的に提示するところから始める」という。楽しみだ。


◎本田克也  ウィルヒョウ 『細胞病理学』 なるものを問う(上)
  瀬江千史 ―研究至上主義は学問への道を断つ

タイトルだけみると、医学の専門論文であって、医師や医学生でないと全く読めない、という気がするのだが、しかし、そうではない。僕のような文学部卒の一般読者にも読めてしまうのである。なぜか? それは、論理的に説いてあるからである。これは、日本弁証法論理学研究会の先生方の共通した特徴である。非常に論理的な文章であるために、読者に論理的な、スッキリした像を描かせることとなり、その結果読者は、「読める!」「分かる!」となるのであろう。

これと対照的なのが、ふつうの大学の先生や院生が書く文章である。非常に細分化された狭い領域で研究をしているためでもあると思うが、専門の論文など読んでも、サッパリ意味が分からないのが多い。論理的でない、具体的な事実のみに執着したような研究というのは、専門が違えばなんの役にも立たず、読むことすら不可能なのだと思う。


◎諸星史文  学問形成のために問う医学の歴史(3)
  悠季真理 ―医学史とは何か

ヒポクラテスが“医学の父”ではないことが、『ヒポクラテス全集』を概観しながら事実的に示されている。『ヒポクラテス全集』からは、認識の発展の三段階がみられるものの、まだまだ医術について一般論レベルで説けているわけではない。ソクラテスと同時代のヒポクラテスは、あくまでも医術らしきものを創りあげていく段階であり、アリストテレスに至る途上に位置している、という内容である。

悠季真理氏は、『ヒポクラテス全集』や、アリストテレス『形而上学』『自然学』の訳で協力されているようである。今井正浩訳の『ヒポクラテス全集』の誤訳も、具体的に指摘されている。やはり、単なる語学力があるだけでは正確には訳せず、人類の認識の発展過程を踏まえないとダメだとよく分かった。


◎小田康友  日本近代医学教育百五十年の歴史を問う(2)
        ―医学教育論序説

「医師養成が徒弟修業から西洋式学校教育へと移行した、近代化の原点に焦点を当て」て、「医学教育とは何か」を一般性として浮上させている。徒弟教育から近代的医学教育への発展の必然性が非常に説得的で面白かった。

また、徒弟教育の構造として、「現実の対象と自らの五体を駆使してかかわり、五感器官を介したいきいきとした反映として対象の像を描くこと、診断・治療にあたってプロセスを重視し、患者の生活過程を丸ごと把握する技を教育すること」というように述べられている。限界があり、いずれは西洋式学校教育にとって代わられる運命であった徒弟教育にも、このような優れた面があるというわけである。その上で、次のように指摘されている。

「事実的には絶対に再現することはできない過去の歴史に学ぶということは、論理的に捉え返し現代的に措定することであって、現象的には全く異なる教育ともなりうることを忘れてはならない。」(p.149)

なるほど、という感じである。徒弟教育に優れた面があり、それを見直すといっても、「現場を重視する」とか「マンツーマン指導する」とかいったような、現象的に、形だけ徒弟教育を真似てもダメであり、論理的に把握された徒弟教育の長所が実現できるようなものでなければならない、ということである。


◎近藤成美  マルクス「国家論」の原点を問う(3)
        ―ヘーゲルから継承した市民社会と国家の
         二重性について

◎加納哲邦  学的国家論への序章(3)
        ―マルクス主義の「国家論の歴史」を問う

他共同体との接触による<共同体−即−国家>生成が、<共同体−内−国家>生成に先行するという点や、国家論の歴史の流れで、滝村隆一が最後にきている点などからみても、滝村国家論と全く別物が説かれているわけではないだろう。ただ、国家の概念規定(そのものがそのものであるところの本質を端的な言葉であらわしたもの)を、「国家は社会の実存形態である」とした点が、滝村国家論とは決定的に違い、大きな発展であるということだろう。ただ、具体的にはどう違うのかは、まだ分からない。


◎北嶋  淳  人間一般から説く障害児教育とは何か(2)

この論文は、海保静子『育児の認識学』の具体化といえそうだ。手足を中心とした「末端の神経を運動形態に置くことにで、対象を反映させる脳の実体の実力が創られていったのであり、脳の実体の実力がしっかりとついたので、外界を反映させる働きも良くなっていった」との記述は、玄和会の空手をやれば頭がよくなるということの過程的構造を説いたものと理解できる。


◎井上真紀  青頭巾 ― 『雨月物語』 より(上)
        ―悟りへの道を考える(2)

小説。「悟りへの道」という主題とどう関係するのか、まだよく分からない。


◎田熊叢雪  現代武道を問う 〔T〕 ―居合とは何か(3)

僕がまともに読めていないだけという気がかなりするが、居合をやったことのない者にとっては、ちょっと具体の像が描きにくい感じがしないでもなかった。居合技を見る目などないけれども、掲載されている写真の技は、相当見事なのだろう。ただ、居合をやりたくなる論文であることは間違いない。
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2006年08月12日

白土三平『カムイ伝全集第一部』全15巻(小学館)



白土三平『カムイ伝第一部』を、最近出版されている『カムイ伝全集』版で読んだ。

『カムイ伝』は、江戸初期の日置藩(架空の藩)を舞台に、農民のリーダー・正助、非人出身の天才的忍者・カムイ、元日置藩次席家老の一子・草加竜之進、金力で権力を牛耳ろうとする夢屋、カムイの師匠で抜忍の赤目などなど、さまざまな身分の登場人物が繰り広げるドラマを壮大に描いたマンガである。齋藤孝のHPの「おすすめブックリスト・漫画関係」では「江戸時代の社会構造と運動についての優れたテキスト」と紹介されている。

確かに、江戸時代の農民や非人の暮らしぶりがリアルに描かれており、そういった意味でも勉強になるとは思う。また、忍法の勉強にもなり、このマンガを読めば忍術が使えるようになる(はずがない)。

しかし、それよりも何よりも、盛者必衰、諸行無常、万物流転の法則が学べるマンガとしてとらえたい。一時栄えた者(勢力)も、いずれ没落する。ある者はまた復活し、再び没落する。ある者は悲惨な最期を遂げる。ある意味、弁証法の教科書といってもいいくらいではないかと思った。

それにしても、このマンガ、読むのに非常に時間がかかった。セリフも多いし、途中に当時の社会状況や支配体制、それに忍術などに関する解説が入るのである。

また『カムイ伝』というタイトルの割には、カムイがあまり登場しない。特に最後の3巻くらいは、全く登場していなかったような気がする。日置藩のもつ徳川家康に関する秘密を知ったカムイは、師匠と同じく抜忍となって追われる立場になるのだが、そのあたりの事情は『カムイ外伝』で描かれているようである。これも全巻入手済みなので、また読んでみよう。

なお、同じ白土三平の忍者マンガ『忍者武芸帳 影丸伝』の方も最近読んだ。こちらは短いうえに割とスラスラ読める。これも万物流転を描いた弁証法の教科書といってもいい。また、上泉信綱や柳生宗厳など、武道の歴史に名を残す実在の人物も登場する。さらに興味深いのは、狼に育てられた子ならぬ、穴熊に育てられた忍者が登場する点である。アマラ・カマラが狼に殺されなかったのはなぜかという謎に対する一つの答えが描かれている気がする。
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2006年08月10日

『綜合看護』最新号の目次

現代社のHPが更新されており、『綜合看護』の最新号の目次がアップされている。

http://www.gendaisha.co.jp/zassi/mokuji/zassi.html

薄井先生が、ある新連載に関して文章を書いておられるようだ。薄井先生の文章は久しぶりな気がする。あと、三瓶眞貴子氏の文章もある。氏は、いつの間にか新しい著作を出しておられるようで、この間、S君に教えてもらうまで知らなかった。アマゾンで調べたら、S君がたまたま本屋で発見して購入したという『看護学矛盾論』の他に、2冊ほど新しい著作が出ているようだ。



とりあえず『看護学矛盾論』だけは数日前に注文した(あれ、今みたら「通常4〜6週間以内に発送」になっている。大丈夫か?)。何か、他の2冊は、ページ数の割に妙に高いぞ。でも今買っておかねば、入手不可能になる気もしないでもない。うーん、どうするべきか。

そんなことより今回の『綜合看護』での注目は、高橋美紀先生の新連載だ。以前、先生は僕のHPの掲示板に頻繁に書き込みをしてくださっていた。一度私信をいただいた記憶もある。その文章は非常にウィットに富み小気味よく、否定の否定の法則を中心に創られた弁証法の実力でもって説かれるお話は爽快だった。それ以来すっかり高橋ファンになってしまった。南郷継正と一字違いの登場人物が活躍する『13階段』の存在を教えていただいたことや、『ガラスの仮面』にまつわる興味深いエピソードを聞かせていただいたことが、懐かしく思い出される。あの調子で随筆でも出版していただけたら喜んで買うのだが。。。

ともあれ、今回は本業の精神看護学教育に関する論文である。非常に楽しみである。僕も早く専門分野に関わる論文を書けるようにならなくては。。。
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2006年08月09日

牧野紀之批判@



け、傑作な著書を発見してしまった。牧野紀之『哲学の演習 考える悦び』(未知谷)である。発見にいたるまでの過程を説くと長くなるので詳細は次回以降にしたいが、簡単にいうと彼のブログの「自著紹介」のような記事で、本書が三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』を扱っていることを知ったので、買ってみたわけである。

問題の、『弁証法はどういう科学か』に触れている箇所は、「論理的に考える」という章の中にある(噴飯ものである)。まず、『弁証法はどういう科学か』の「まえがき」が引用されたあと、次のように述べられている。

「一読して、この人の頭はどうなっているのだろうかと考え込んでしまうほどひどいものです。しかし、このような事は誰も気付かず、大いに売れているようです。
 この『まえがき』での『科学』と『哲学』の区別(あるいは定義)はどこがどうおかしいのでしょうか。これが問題です。この定義とこの文章とはどう矛盾しているか、と言ってもいいと思います。又、その他のあいまいな叙述、または矛盾した叙述なども、気付いたら挙げてください。」(p.158)

その後「講師の考え」として、自己の三浦つとむ批判を展開していく。次に、「Gさんの答案」として、教え子の1人による三浦つとむ批判があり、最後に「Gさんの答案を読んで」の牧野のコメントが載っている。

高校生レベルの論理能力を把持していれば、このあとの彼の文章を読んで、「この人の頭はどうなっているのだろうかと考え込んでしまう」はずである。そして、「これでは売れないだろうな」と確信するだろう。

具体的な批判は、私と同じく三浦つとむ主義者であるS君が行ってくれたので、後ほど掲載するとして、全体的な印象としては、大学教授(三浦さん)に対して中学生(牧野)が愚にも付かないイチャモンをつけている感じである。

一番噴飯ものだったのが、「Gさんの答案を読んで」の最後にあるコメントである。教え子たちの答案を読んでの全体的な感想を記している。

「全員について言えることですが、『あまり』関心をもたなくなったとか、『ほとんど』役に立たないといった不正確な表現に三浦さんの自信のなさ、曖昧さが出ていることに誰も気付かなかったようです。」(p.164)

そんな奇想天外な気付きは、たとえ弟子といえども、不可能であったようだ。科学に志す人たちが哲学にあまり関心をもたなくなったとか、哲学書を読んでもほとんど役に立たないとかいうのは、客観的な事実をありのままのとらえて、それを表現したものである。それを牧野は、三浦さんの自信のなさという主観的な原因に取り違えているのである。ハダカの王様もビックリ仰天の、逆立ちぶりである。

しかも、である。「自信のない三浦さん」というのは、「円い四角」と同じように、形容矛盾である。三浦読者ならば、ここから「三浦さんの自信のなさ」を読み取ることが、如何に甚だしい勘違いであるか、すぐに了解できるはずである。

さてお待ちかね、いよいよ具体的な牧野批判に移ろうと思う。今回は、友人のS君が文章を寄せてくれたので、S君の許可のもと、それをそのまま掲載したい。今後、同じく『哲学の演習』に載っている『新しいものの見方考え方』批判批判、あるいは、牧野による「科学とは事実を説明することである」という科学の定義批判、でも行おうかと思っている。


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 牧野紀之なる人物が三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』の「まえがき」を批判した文章(『哲学の演習 考える悦び』所収)を読んだ。一読して、この人の頭はどうなっているのだろうかと考えこんでしまうほどひどいものであった。

低劣な詭弁

 牧野はまず「机の前で頭をひねって考え出した、現実との対決で証明されていない原理原則」という三浦さんの哲学の定義を問題にする。牧野は三浦さんの言葉を細かく切り刻み、「机の前で考える」のが悪いのか、「頭をひねって考える」のが悪いのか、それとも「現実との対決で証明されていない」のが悪いのか、と順に問うていく。前の2つについての牧野の言及は、三浦さんも机の前で考えていたはずだとか、頭をひねらずには考えることはできないはずだ、など、完全に詭弁の類でありアホらしい以外の何物でもない。あきれるほどに低劣なケチつけであると言う他ない。一応検討してやってもよいかなと思わせるのは、「現実との対決で証明されていない」についての言及だけである。そもそも、少し考えてみれば、三浦さんが、机の前で考えるのが悪いだの、頭をひねって考えるだのが悪いなどというアホらしいことを主張しているわけではなく(*)、「現実との対決で証明されていない」ことを問題だといっているのはあきらかである。三浦さんを批判したいならここを正面にすえて、自らの論を展開すべきである。しかし、牧野は、正面にすえて批判すべき論点とお粗末極まりない詭弁の類を同列に平面的に並べて恬として恥じないのである。まったく、この人の頭はどうなっているのだろうかと考えこんでしまう。

(*)机の前「だけ」で考えるのは悪いとはいえるだろうが、これは結局、「現実との対決で証明されていない」ということにつながる。

唯物論が崩れる??

 牧野は「現実との対決で証明されていない」ことが悪いのか、として、次のように述べている。

「思考は現実の反映だと主張する唯物論は、現実といかなる意味でも全然対決していない思考は一つも存在しないという考えなのではないでしょうか。つまり、現実と対決していない原理原則とやらを認めるとすると、三浦さんの主張するはずの唯物論そのものが崩れるのではないでしょうか。」

 ここで牧野はちょっとしたトリックを施している。三浦さんは「現実と対決していない原理原則」というような奇妙な言葉使いはしていない。あくまでも「現実との対決で証明されていない原理原則」を問題にしていたはずである。「対決」と「証明」はセットなのである。三浦さんは、現実を反映した認識を材料にして頭の中で原理原則をつくりだし、それを現実との対決で証明する、という過程を問題にしている。つまり、ここでいう「対決」は「反映」とは違うものであり、反映よりも後の段階で問題になるのである(*)。それを牧野は、「対決」と「証明」を切り離し、「証明」をこっそり引っ込めて「対決」だけを残し、それをあたかも「反映」と同じような意味で使うことによって、たんなる「現実の反映」だけが問題になっているかのように問題をすりかえている。その上で、おそらく彼は唯物論を機械的な反映論として捉えることで三浦さんの論に必死でケチをつけようとしているのである。曰く、唯物論とはどんな思考も現実の反映だという考えだから、現実の反映でない原理原則を認めると唯物論が崩れる、と。しかし、憐れむべきことに、牧野は、現実の反映でない原理原則を認めると唯物論が崩れる、という論理で三浦さんの論を突き崩すには、自らが機械的反映論の立場に徹することが不可欠だという、ごく簡単なことすら理解できないお粗末な頭の持ち主であったようだ。

(*)三浦さんは、対象と現実との間のダイナミックな過程的構造を捉えているのである。現実の反映→原理原則の確立→現実との対決=証明(直接的統一)。
 反映:客観的な現実が感覚器官をとおして脳細胞に像として描かれる過程【対象→認識】
 対決:原理原則と現実とをつき合わせる過程【認識→対象】
 証明:現実とつき合わせることで原理原則の正しさを確認する過程【対象→認識】
    対決と証明は直接的同一性において存在する

 牧野は、唯物論とは「現実といかなる意味でも全然対決していない思考は一つも存在しないという考え」だという。言葉を変えれば、唯物論とはあらゆる思考は多かれ少なかれ現実と対決しているという考え、ということになるだろう。先に論じたように、ここでの「対決」という語の使い方は不適切だが、牧野の主張を検討するためだけに、一万歩ほど譲ってやって、牧野のいわゆる「対決」をたんなる「反映」の意味に解してやることにしよう。
 さて、牧野自身の言葉を使っていえば、「現実と…全然対決していない思考は一つも存在しない」ということは「現実と少ししか対決していない思考が少しは存在する」ということでもある。つまり牧野の主張は機械的反映論の立場に徹しきれていないのである。問題点はまさにここにある。
 三浦さんの唯物論は、機械的反映論の立場に立つ形而上学的な唯物論ではなく、人間の認識の能動性を認める弁証法的唯物論である。つまり、人間の認識は能動的だから、現実についての認識を材料にしながらも、頭の中でそれを加工して現実には存在しえないものつくりあげていくことができると考えるのである。そのわかりやすい例が、神、仏、幽霊などである。これは原理原則についても同じことである。てるてる坊主をつるしたという現実およびその翌日は晴れになったという現実についての認識を材料に、てるてる坊主をつるせば天気は回復するという原理原則をつくりあげることもできる。このような例は何を示しているか。まさに「現実と少ししか対決していない思考が少しは存在する」ということなのである。「現実と対決していない原理原則とやらを認めるとすると、三浦さんの主張するはずの唯物論そのものが崩れる」という牧野の主張は全く成立する余地がない。
 「現実との対決で証明されていない原理原則とやらを認めるとすると、三浦さんの主張するはずの唯物論そのものが崩れる」と言えば、牧野の主張のお粗末さはあきらかである。牧野は、これを恥ずかしげもなく「現実と対決していない原理原則とやらを認めるとすると、三浦さんの主張するはずの唯物論そのものが崩れる」にすりかえ、機械的反映論の立場からの反論の余地を何とかつくりだそうとしたが、結局、何のまともな反論もなし得ず、自分の頭の不様な混乱ぶりを我々に見せつけてくれるだけに終わったのである。
 
科学の定義がないか

 牧野は、「それ(哲学をさす――引用者)に対置される科学の定義なり、説明なりがない」と言って、科学の定義がないことへの不満を漏らしている。「哲学とは…」「科学とは…」とそれぞれ明示された形で定義を書くべきだ、という批判ならまだわかる。そこを批判したいのならはっきりとそのように書くべきである。しかし、ここでの牧野の文章から読み取れるのは、せいぜいのところ三浦さんの科学の定義が分からないという不満にすぎないのである。
 しかし、ここでは、牧野の言うように科学の定義は哲学に「対置される」べきものであるから、これはごく簡単に「現実との対決で証明された原理原則」以外ではありえないのである。牧野には、こんな簡単なことも分からなかったのであろうか。

哲学不要論とは何か

 牧野は「科学に志す人たちはそれらに『あまり』関心を持たなくなりました。理由は簡単で、それらを読んでも『ほとんど』役に立たないことがわかったからです」という三浦さんの文章は、「ですからわたしは哲学不要論の立場をとるわけですが、昔の哲学はナンセンスだったからみんな破ってすててしまえなどと主張しているのではありません」という次の文章とは「矛盾」するとして、これに噛みついている。
 牧野は、まず「どうして『机の前で頭をひねって考え出した、現実との対決で証明されていない原理原則』が『少しは』役立って、従って科学に志す人たちによって『少しは』関心を持たれるのでしょうか。哲学はダメだというなら『全然』関心を持たなくなるはずではありませんか」と言う。その上で牧野は「哲学不要論というのは、哲学は『全然』役立たないから、哲学には『全然』関心を持たず、そんなものは破って捨ててしまえと主張する立場だと思います」と述べている。つまり「少しは役立つ」と「全然役立たない」は矛盾すると言うのである。
 しかし、三浦さんが一体どこで哲学は「全然」役立たないなどということを主張したというのか。三浦さんは、哲学不要論というのは哲学を破ってすててしまえという主張ではない、とはっきり述べているではないか。牧野は「哲学不要論」を三浦さんがどのような意味で使ったかを三浦さんの言葉に即して検討しようとはせずに、その内容を自分の程度の低い思考能力に合わせて改ざんし、哲学は全然役に立たないから破ってしまえという哲学不要論をでっち上げ、これに噛みついているのである。これは他人の論を批判しようとする上で最もやってはいけないことである。
 不要というからには全然役立たないと考えているはずだ――これが見事なほどに形而上学的な牧野の発想である。哲学も少しは役立つが科学のほうがはるかに役立つから科学の発展によって全体として哲学はもう不要になったのだ――これが三浦さんの弁証法的な「哲学不要論」である。牧野は、「三浦さんの頭は…混乱し、矛盾に満ちています」というが、これは三浦さんの頭の矛盾(不合理なものとしての)とか混乱とかではない。全体としての理解は誤っているが、部分的には正しいことを説いているという意味で、客観的な哲学のあり方そのものが矛盾しているのである。牧野のいう三浦さんの頭の「混乱」「矛盾」なるものは、現実の哲学が持つ矛盾した性格を的確に反映したもの、つまり弁証法的に把握したものにほかならないのである。
 ところが、形而上学者・牧野は、「少し役立つ」と「不要」を絶対に両立し得ないものとして捉え、客観的に哲学が持つ矛盾を、あろうことか三浦さんの頭の混乱にすりかえているのである。牧野は、三浦さんの文章をまったく理解することができなかった己の頭の悪さにいささかも気付いていない。それどころか、哲学の指導者(『哲学の演習』!)ぶって平然と三浦さんの頭の「混乱」「矛盾」を説いているのである。おそらく三浦さんの頭の「混乱」に比べて自分の頭のはたらきはなかなか優秀だと一人悦に入っているのだろう。まことに醜悪極まりない自称・哲学の指導者である。
 牧野は「『あまり』関心を持たなくなったとか、『ほとんど』役立たないといった不正確な表現に三浦さんの自信のなさ、曖昧さが出ている」というが、この文章に滲み出ているのは、牧野なる人物のどうしようもない頭の悪さであり、自分の頭の悪さを三浦さんの頭の「混乱」にすりかえて恥じることのない人格の低劣さである。まったく、この人の頭はどうなっているのだろうか!
posted by 寄筆一元 at 00:41| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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