2006年06月28日

『医学教育概論(1)』の発刊

速報!! 待ちに待った、瀬江千史先生、本田克也先生他の共著『医学教育概論(1)』(現代社)が、ついに発刊!! 興味のある方は、速攻で注文を!! 詳しくは、現代社のHPへ。

ところでこの現代社のHP、瀬江先生の「瀬」の字が正しく表記されている。前からそうだったかな? と思って調べてみると、『学城』や『綜合看護』の目次のところでは、間違った表記がされている。やはり、最近になって単行本のところだけ訂正されたのだろう。

なお、このブログでは、南郷師範の「郷」の字も含めて、正しく表記できない。文字化けしてしまうのである。決して、知らずにやっていることではなく、間違っていると知っていながらここでは正しく表記できないため仕方なくやっていることなので、お許しいただきたい。
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2006年06月23日

最近のこと

最近は、塾の授業準備で忙しい。休みの日も、丸々授業準備に充てなければならないことも多い。高校はもうすぐ期末試験だから、その対策プリント、予想問題の作成に、かなり時間を取られてしまうのだ。うーん、はっきりいって、大学受験に特化している高校三年生の授業の方が、はるかに楽な気がする。来年度は三年生の授業を増やしていただきたいものだ。

昨日、通勤電車の中で、三色ボールペンを使ってマインドマップをまとめているおっさんがいた。たまたま座った横の席のおっさんが、なにやらカチカチとうるさかったのでチラッと見てみると、三色ボールペンの色を変えているところだったのだ。ノートには、カラフルなマインドマップが出来上がりつつあったのだが、カチカチ、カチカチと、ちょっと五月蝿い。齋藤孝によると、これが脳のギアチェンジを促すということらしいが、周りの人間にとっては迷惑以外のなにものでもない。まあ、三色ボールペンでマインドマップをつくるようなオッサンもいるのかと、親近感は覚えたが。

そして今朝のワールドカップ、ブラジル戦。玉田が先制ゴールを決めた時は、普段クールな僕も「およっ!」と、少し興奮してしまったが、前半ロスタイム、そして、後半の立ち上がりに立て続けにゴールを許してからは、だんだん冷めてしまった。冷静に見てみると、実力の差がありすぎた。前半も、川口でなければ、玉田の先制ゴールの前に2点くらいは入れられていてもおかしくはなかった。ブラジルはレギュラーを5人ほど休ませて、控えの選手を出してきたが、控えといってもそこはブラジル。レギュラーと較べてもほとんど遜色なかったように思う。しかも、もう決勝トーナメントへの進出は決めており、プレッシャーはそれほどない。控えの選手にとってみれば、絶好のアピールの場であって、思う存分楽しめたのではないか。特に後半、ブラジルが2点目を入れてからは、明らかに日本の戦意がなくなってしまって(当然だ。2点差で勝つためには、あのブラジルから後半だけであと3点取らなければならない。これはほぼ不可能だろう。)、日本はミスを連発、ブラジルは日本を子ども扱いといった感じだった。やはり、こういった大舞台を勝ち抜いていくためには、もっと決定力のあるフォワードが育っていかないとダメだという気がした。
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2006年06月17日

中村修二教授がミレニアム技術賞受賞

毎日新聞によると、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が、生活を向上させた応用技術などに贈られる「ミレニアム技術賞」(フィンランド政府などが出資)を受賞したということである。もちろん、青色発光ダイオード(LED)の開発が評価されてのことだ。

僕は4年前から中村教授に注目している。『考える力、やり抜く力、私の方法』(三笠書房)という本を読んで以来である。この本は、中村教授がLEDの開発に辿り着くまでのプロセス、その背後にある彼の理念、発想法、具体的な“頑張る方法”などが説かれており、事実と格闘して論理能力を磨いていくとはこのようなことか!!と、感動したものである。目次を眺めただけでも優れた本であることが一目瞭然なので、目次にある言葉を少し紹介したい。

“非常識”を恐れてはならない!
“孤立”を誇りに思え!
一つの問題を「限りなく問いつめていく」快感
人生で一番大切なキーワード「できない理由を探すな!」
“横並び”に安住するな
「百の未完成品」よりも「一つの完成品」を経験することの大切さ
“撤退屋”の忠告を真に受けるな
「あいつは大ボラ吹きだが、やることはやる」
“常識”よりも自分の“熱い意志”に賭けた!
二度の「コンチクショー」が強力なバネに
常識的な線では、すでに“私の出る幕”はなかった
成功体験しかない人に強靱な精神力は望めない
枝葉末節も軽視せず“自分でやる”
“事実”を偏見・予見を挟まずに見る訓練を!
仕事はあるところで“独断”しないといけない時がある


この本を読んで以来、毎年「今年こそはノーベル賞か」とワクワクしているのだが、未だに受賞には至っていない。が、近い将来、中村教授がノーベル賞を受賞するのは間違いないという気がする。
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2006年06月11日

藤原正彦『国家の品格』(新潮新書)、『この国のけじめ』(文藝春秋)



バカ売れしているという藤原正彦『国家の品格』(新潮新書)と、同じ著者の『国家のけじめ』(文藝春秋)を読んだ。両方とも、なかなかいい本だ。

『国家の品格』は、講演記録をもとに執筆したものであるだけに、内容にまとまりがあり、非常に分かりやすく読みやすい。非常にいいことが書いてあるので、この本が売れているというのは、日本にとっていいことだと思った。

藤原氏の主張は次のようなものである。

核兵器・環境破壊・犯罪やテロ・家庭崩壊や教育崩壊など、先進国が共通して抱える問題の根元は、西洋的な論理、近代的合理主義精神の破綻にある。一方で、「情緒」や「形」を重んじてきた日本文化は非常に優秀であり、世界を指導する普遍的価値になりうる。そういった日本文化を育んできた「武士道精神」を復活させることこそが、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務であり、これこそが破綻した欧米の教義に代わって世界を救う道である。


このような藤原氏の主張は、基本的に、『「武士道」解題』の李登輝前台湾総統と同じである。また、『国家の品格』の中では、真のエリート教育の必要性を説いている。このあたりは小室直樹氏と似ていると思った。さらに、教養の意義という点では、『学生に与う』の河合栄治郎と同じようなことをいっている。藤原氏が挙げている真のエリートの二つの条件を引用してみよう。

「第一に、文学、哲学、歴史、芸術、科学といった、何の役にも立たないような教養をたっぷりと身につけていること。そうした教養を背景として、庶民とは比較にならないような圧倒的な大局観や総合判断力を持っていること。これが第一条件です。
 第二条件は、『いざ』となれば、国家、国民のために喜んで命を捨てる気概があることです。この心のエリートが、いま日本からいなくなってしまいました。
 昔はいました。旧制中学、旧制高校は、こうした意味でのエリート養成機関でした。」(『国家の品格』p.84)

小学校での英語教育を批判している点も興味深かった。「私に言わせれば、小学校から英語を教えることは、日本を滅ぼす最も確実な方法です」とした上で、次のように述べている。

「国際的に通用する人間になるには、まずは国語を徹底的に固めなければダメです。表現する手段よりも表現する内容を整える方がずっと重要なのです。英語はたどたどしくても、なまっていてもよい。内容がすべてなのです。そして内容を豊富にするには、きちんと国語を勉強すること、とりわけ本を読むことが不可欠なのです。」(pp.39-40)

また、他の箇所では、小学校で英語教育などをしてしまえば、「英語の実力がアメリカ人の五割、日本語の実力が日本人の五割という人間」になってしまい、「このような人間は、アメリカでも日本でも使い物になりません」と断じた後で、「日本人の英語下手」の理由を分析している。

「日本人が英語下手なのは、小学校から教えないからでも、中高の英語教師のせいでもありません。主な理由は二つあり、一つは英語と日本語があまりに異なることです。…もう一つは、日本に住む日本人は、日常生活で英語を何ら必要としないからです。母国語だけで済むというのは植民地にならなかったことの証で、むしろ名誉なことです。」(p.145)

確かに英語習得には膨大な時間がかかってしまうため、英語ペラペラと教養は両立しにくいのだろうと思った。英語教師が言うのも何だが、英語習得に時間が割けなくても、その分読書によって教養を身につければそれでいい、むしろそっちの方がいい、という気がしてきた。

「天才の出る風土」についても分析されている。藤原氏によると、「天才を生む土壌には三つの共通点がある」(p.165)という。その三つとは、「美の存在」、「何かに跪く心」、それに「精神性を尊ぶ風土」である。これもなかなか面白かった。

さて、もう一冊の『この国のけじめ』であるが、これは随筆集である。『国家の品格』との重複も多いし、各随筆間での重複も多い。しかし、『国家の品格』にはないユーモアにあふれており、個人的にはこちらの方がずっと面白く読めた。また、ともに作家である両親、つまり、新田次郎氏と藤原てい氏のことや、『博士の愛した数式』(新潮文庫)の小川洋子氏について等、『国家の品格』にはない内容もあり、それらも楽しめた。

大学で大人気であるという「読書ゼミ」の話も参考になった。これは主に明治時代に書かれたものを、毎週文庫一冊のペースで読み進めるゼミである。具体的な書名が挙がっていたものとしては、新渡戸稲造『武士道』、内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』『代表的日本人』、福沢諭吉『学問のすゝめ』『福翁自伝』、山川菊栄『武家の女性』、宮本常一『忘れられた日本人』、無着成恭編『山びこ学校』、日本戦没学生記念会編『きけわだつみのこえ』である。これら、明治期のあたりの本を読みたくなってきた。

藤原氏の本はなかなか面白いということが分かったので、『若き数学者のアメリカ』や『祖国は国語』(新潮文庫)なども、また読んでみたいと思う。

なお、「武士道精神」もやはり三浦つとむ的に理解しないといけないと思って、三浦つとむ「日本の家庭」(『生きる・学ぶ』季節社、所収)という論文も読んでみた。マルクス主義の人間観と、日本人の社会的人間観は似ているのだということを知った。
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2006年06月10日

ディーツゲン読書会その2

先日、ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(岩波文庫)の読書会の第二回を行った。今回の範囲は「三 事物の本質」である。正直、ちょっと難しかった。ここには、三浦さんも引用している真理と誤謬に関する記述がある。このあたりはよく分かったが。。。

以下、Kちゃん作のレジュメと、僕がつくった「ディーツゲン年譜」を載せておく。




ディーツゲン『人間の頭脳労働の本質』      06.6.2

3 事物の本質

#事物の本質
・科学の対象すなわち物質は感覚的現象。科学は感覚的現象によって真の存在を、すなわち事物の本質を求める
→この本質は思惟能力においてのみ表れる
・感覚的現象(世界)は物質の変化から成り立っている。永遠に変化することのない物質は、現実には移り変わる形態の総和としてのみ存在。感覚的世界すなわち実践においては、永久のもの、同一のもの、本質的のもの、「物自体」は存在しない。
・このような感覚的現象が我々の脳髄活動の材料である。思惟能力は感覚の諸現象と接触して、感覚的に与えられた多様性を抽象し、本質的・一般的なものを認め(概念)、それを体系化する。
・当初、この過程は本能的になされるものであった。だが、科学的概念はこの行為を知識と意識とをもって繰り返し遂行する。

#真理
・本質および真理は同じ事柄に対する2つの言葉であり、理論的性質のもの。
→実践は事物の現象を与え、理論は事物の本質を我々に与える。そして、実践は理論の前提であり、現象は本質あるいは真理の前提である。
・一般者(一般に存在するもの、現存〔Dasein〕、感性)が真理である。だが、それは現実では特殊な方法と様式においてのみ存在する。
→真理は何れの事物にも多かれ少なかれ含まれており、特殊な存在にもその特殊の一般性あるいは真理がある。すなわち、思惟能力はあらゆる多様な現象のなかから同一のものを認める。

#真理と誤謬
・全ての思想・認識はそれが精神の現れであるという点で共通性をもっている
⇒認識と誤認との差異は相対的なものである。ある思想はそれ自体としては真でも偽でもなく、一定の与えられた対象と関係してのみ真になったり偽になったりする
⇒完全な認識は定められた制限のうちにおいてのみ可能。感覚的現象のある与えられた範囲内における一般者が真理であり、個別的なものあるいは特殊なものを一般者と称するのが誤謬である。誤謬は、感覚的経験が教える以上の一般的存在を騙る点で真理と区別される。誤謬の本質は逸脱である。
・思弁哲学は精神にのみ真理があり、虚偽は感覚にあると考える。だが、ディーツゲンの考えでは、感覚によって真理が得られ、誤謬の源泉は精神のなかにある。
・誤謬は先天的に真理を認識し、誤謬の反対物は後天的に認識する。先天的認識と後天的認識との関係は、哲学(信仰)と自然科学(知識)との関係に等しい。信仰は怠けることであり、科学は労働である。

おわりに
・思惟能力の本質は我々がその感覚的現象から得てきた概念である。




ディーツゲン年譜

1828年12月9日
ブランケンベルクに生まれる

1845年〜1849年
父の仕事場で、なめし皮の業務を習得する
フランス語に熟達する

1849年6月
アメリカ合衆国に渡航する
日雇い労働者として各地を渡り歩く
ときどき、なめし皮職人、ペンキ屋、教師の職に就く
英語を習得する

1851年
ドイツに帰って、父の製革所で働く

1853年
熱心なカトリック信者の娘と結婚する
商売を始めて成功する
半日働き、半日学問に充てる
フォイエルバッハと文通する
『共産党宣言』に感銘を受ける

1859年
再度渡米して、アラバマ州モントゴメリで製革工場を設立する

1861年
南北戦争からのがれるために帰郷し、父の製革工場の経営を引き受ける
マルクス『経済学批判』を読む

1864年春
ペテルスブルクに、官営製革工場の技術指導者として赴任する
工場の能率を5倍に高める

1867年末
マルクスと文通を始める

1868年
書評「マルクスの『資本論』」を書く
『人間の頭脳活動の本質』を書く
ペテルスブルクを去り、ラインのジークブルグに帰る
次第に生活難に陥る

1869年8月
社会民主労働者党に参加する

9月
マルクスが娘とともにディーツゲンの家を訪れる

1872年9月
ハーグで開かれた国際労働者協会の第五回大会に出席する
そこでマルクスは「これがわれわれの哲学者だ」と紹介する
旧友フォイエルバッハの訃報に触れ、涙する
ジークブルグ時代、多数の論文を発表する

1878年
逮捕され拘置所に勾留される

1880年
生業が行き詰まり、長男のオイゲンをアメリカに渡らせる
その後4年間、認識論と経済学に関する手紙を書き続ける

1881年
ドイツ帝国議会の議員にライプチヒ地方区から立候補し落選する
この頃、社会主義者や学生がしばしば彼の家を訪れ、教えを乞う

1884年6月
アメリカに移住する
社会主義労働者党の中央機関紙『ゾチアリスト』の編集指導を引き受ける

1886年3月
長男オイゲンが住んでいたシカゴの家に転居する

1886年
『認識論の領域への一社会主義者の進撃』を書く

1887年
『哲学の実果』をまとめる

1888年4月15日
心臓麻痺によって死亡する

posted by 寄筆一元 at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都弁証法認識論研究会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする