2006年04月30日

魂を揺さぶる名言

全く認知されていないし、認知させるつもりもない僕のHPで紹介してきた「魂の名言」を、ここでも紹介しよう。


三浦つとむの名言

「政治の分野であろうと学問の分野であろうと、革命的な仕事にたずさわる人たちは道のないところを進んでいく。時にはほこりだらけや泥だらけの野原を横切り、あるいは沼地や密林をとおりぬけていく。あやまった方向へ行きかけて仲間に注意されることもあれば、つまずいて倒れたために傷をこしらえることもあろう。これらは大なり小なり、誰もがさけられないことである。真の革命家はそれをすこしも恐れなかった。われわれも恐れてはならない。ほこりだらけになったり、靴をよごしたり、傷を受けたりすることをいやがる者は、道に志すのをやめるがよい。」(『レーニン批判の時代』勁草書房、p.206)

「孤独を恐れ孤独を拒否してはならない。名誉ある孤独、誇るべき孤独のなかでたたかうとき、そこに訪れてくる味方との間にこそ、もっとも深くもっともかたいむすびつきと協力が生まれるであろう。また、一時の孤独をもおそれず、孤独の苦しみに耐える力を与えてくれるものは、自分のとらえたものが深い真実でありこの真実が万人のために奉仕するという確信であり、さらにこの真実を受けとって自分の正しさを理解し自分の味方になってくれる人間がかならずあらわれるにちがいないという確信である。」(『新しいものの見方考え方』季節社、p.85)

「けれどもこの<自己本位>の生きかたは、人間としての果たすべき義務と正しく調和するものであってはじめて、正しい生きかたといえるのだと私は思う。私はそのような一生を曲がりなりにもおくって来たのだから、人生の終わりが近づいてもすこしも後悔することがないし悲しいこともない。学問の仕事はここまで行けばそれで完了するというものではなく、九十歳になろうが百歳生きようがまだまださきの仕事が控えているから、私のできなかった仕事はあとの人びとに期待しなければならないし、それらの人びとにできるだけ協力することも私の現在の仕事の一つのありかたである。」(「若さがゆえに可能性があるか」、『現実・弁証法・言語』国文社、pp.62-63)

「くだらない人間やよくない人間が生まれたのにもそれなりの理由があって、その理解は、自分が知らずに同じ道を進むのを防ぐのに役立ちます。彼らの一面にはまじめさも善良さもありますから、それを見のがして不当に評価しない心がまえも必要です。善悪を問わず具体的な人間から学ぶのは、たいへん興味深く、またたいへん役に立つことなのです。」(『生きる・学ぶ』季節社、p.32)

「精神のありかたの安らかなことを、ひいては自己のありかたの安らかなことをのぞんでいる人びとは、自己の精神に敵対的矛盾をつくり出しその安らかさが攪乱されることを嫌って、疑惑を持つまい、他の人間が疑惑を持っても自分はそれをとりあげまいとする。つまりなまけ者は疑惑それ自体をのぞましくないものと思うようになる。」(『認識と言語の理論 第一部』勁草書房、p.81)

「完全な真理というのは、真理をつかんだ人間が自分の実践をとおしてその正しいことを証明し、自分の身につけて、いつでも実践の指針として役立てられる状態におかれている真理であり、宙に浮いて逆立ちしている真理というのは、ことばで教えられ本で読んで頭の中にうつしかえられただけの真理、真理をつかんだ人間の実践とむすびつかずにまだ身についていない真理である。」(『人生――人間のありかたと生きかた』青春新書、pp.68-69)


南郷継正の名言

「いかなる道にせよ、怠け者にたやすく学べるものは存在しない。特にそれが価値あるものであればある程、必死の努力を必要とするものである。武道とて例外ではないのである。武道のための王道はありえても、それは怠け者のための王道では絶対にないのである。そういった意味からは、如何に精神力を強調の上に強調しても、強調しすぎるということはないのである。
 だが、われわれはまた次のことをも知らねばならないのである。ものごとの上達は、ただ精神力を強調するだけでは決してまともな上達は望みえないものであると。」(『武道の理論』三一新書、p.110)

「自分に魂レベルの認識があるのかどうか、つまり、認識のなかで魂レベルに育ったものがあるのかどうか、魂を賭けて何事かを実行できるのか、魂を賭けられるなにかがあるのか。もっといえば、自分の意志で魂を賭ける存在に自らをなしえているのか、をつねに問わなければならない。そのためには目的意識的に己が人生をとらえかえし、そこから自己の人生のありかたを反省し、その上で己が魂を賭けた人生を創造すべく魂をこめて人生の設計図を措定し、その措定した設計図にもとづいて、魂を賭けて実行するなかで己が魂をより見事なものとして再措定していくという過程の絶えざる発展過程こそが、自らの願った一流への道の人生過程であるということを自覚しつづけなければならないのである。」(『武道と弁証法の理論』三一書房、pp.320-321)

「私は今の人々が、人を育てることにあまり喜びを感じていないのを不思議に思う。人類は過去の文化遺産を受けつぐことによって伸びていく。それをやらない人は独善におちいって徒花を咲かせて散りゆくのみである。徒花となるのが嫌ならば、先達の文化遺産を受けつぎ、もし能力があるならば、何程かを加えて後輩へ伝えなければならない。自分がまともになってから育てようでは日暮れて道なお遠しである。要は自分が学ぶかたわらで学んだことを教えていき、その過程で自分もまた深く学びなおすことの努力が必要である。教えることのなかには、自分を見直すということが、自分の教えていることの正否を確かめることが当然に含まれてくるから、二重の意味で自分の理解が深くなっていくものである。」(『武道の理論』三一新書、pp.23-24)

「教育というものの何たるかを知らぬ教育学者を見るにつけ、やはり彼らは、教育を学ぶ者でしかなく、しかも、他人の成果を学ぶ者でしかないと思うのである。学校教育における第一義は認識能力を育てる事にある。教えて育てる必要をさほど感じない人々を教えて育てたつもりになって、(そんな人々は放っておいても、そこまでは育つのだ)本当に教え育てなければならない人々は、彼等には才能がないという一言で片付けて、それで教育は終わりである。これは、ほとんどの教授に当てはまると私は思っている。マイクの講義が教育で、それで人間がまともに育つものならば、教師は、すべてロボット化した方がよいにきまっている。また、そういった意見もないわけではない。だが、そういった考えは、大きな欠点を含んでいるのである。人間が人を教えるということは、その知識を教え授けることにとどまるのではなく、その知識と直接に、その人間をも教え授けるのである。」(『武道の理論』三一新書、pp.66-67)

「それは、同じことのくり返しを絶対に馬鹿にしてはならず、絶対にいやがってはならず、どんなに阿呆らしきかぎりと思いに思えても絶対に尊重しすぎるくらいに尊重しきってともかくも心をこめて、心をこめぬいてくり返すことがなによりもまして、なんとしても大事だということなのである。」(『武道と弁証法の理論』三一書房、p.266)

「そもそも人格はその人の生き方が創り上げるものであり、その人の人間性そのものの表現である。すなわち、人格は自分の責任で創ったものであるからこそ尊敬されるのであって、生まれつき備わっているものには、誰も尊敬の念を抱きはしないものである」(『武道の復権』三一新書、pp.246-247)

「本質的にいって人間はすべてにわたって教育されてはじめて<人間>となりうるのであり、ここに動物との類的区別が存在する。志も論理も直観にまかせてまともに育つわけはなく、落ち行く先は小人的君子である。
 それゆえ論理能力は無理としても、せめて大志をまともに育む基盤くらいはほしい。それに役立つのが、『個としての大いなる生きざまを描いた文学』であり、こまかい事象に囚われない『壮大なる人類の流れを説いた歴史』である。しかしながらこれすら見事に与えうる教師を必要としよう。」(『武道への道』三一新書、扉)

「現状に満足する事なく、常に理想を目的意識的に追って実践していけてこそ人間なのであり、そうであるからには、かくのごとき存在をより目的意識的に把えてかかる事が、より人間的なあり方なのである。もっとはっきり述べるならば、人間の目的意識的存在であるかかる事実を目的意識的に把えなおして、より見事なる目的意識を持つ事によってより目的意識的に生きよう、生きられる存在になろうとする事が見事なるほどに人間としてレベルが高くなり得る基盤であるという事である。」(『武道修行の道』三一新書、pp.274-275)

「論理も一流のレベルを目指すには、一流の人物たらんとする〈野心・野望・情熱・根性・努力〉といったとうてい並の人物では計り得ないような一流の志を要請されるものである。敢えて言えば、空想家・ホラ吹きと言われるくらいの大野心・大野望を常に持っている必要があるのである。これは歴史上名をなした人物の若輩の頃の一般的言動であるのは当然である事実を見れば、すぐに納得のいく事が可能である程度の常識である。」(『武道修行の道』三一新書、p.286)

「私は先述の『弁証法はどういう科学か』を、それこそ、何十回も何十回も、くり返しの上の、くり返しを重ねて読みに読んで読み抜くこと十年近くにわたったことである。朝に、昼に、夜に、食事中といえどもこの書を手元から離したことがなく、電車のなかでも読まなかったことがなくといった状態を十年近くつづけて、『弁証法はどういう科学か』を何冊も買ってはボロボロにしてまた買った上に学んできたのであり、その間、具体的な対象として空手を選び、空手的なすべてにわたって、弁証法的に考え、とらえするなかで、『弁証法はどういう科学か』のすべての頁を、すべての行を空手的に読みこむ修行を十数年にわたってなしとげたのである。」(『武道講義第四巻 武道と弁証法の理論』三一書房、p.276)

「後世、達人・名人と評価されうるほどの人物たらんとの目的をもつばあいには、けっして前出の高校生のごとき模範解答的な上達をしてはならない……。極言すれば、簡単に強くなってはならないということである。努力が少なくて上達する方法は、と考えてはならないのである。これにも理由は二つある。その一は上達が早いほどに、身につく技が薄っぺらに仕上ってしまうからである。……その二は、基本技を基本技として見事に創出する時間をもつほどに、逆から説けば、なかなか上達しがたい時期を意図的にもつほどに、その上達の構造が門を開けてくれる、つまり見事なる上達のしかたをする。もっといえば、魂が見事に仕上っていく、というより仕上らざるをえないので、結果として真の武道レベルの負けじ魂ができることになるということである。」(『武道と認識の理論U』三一書房、pp.66-69)

「そもそも一流を目指さない人間などあっていいわけがないのです。四十歳を過ぎてどうしようもなくなった人間ならば、ともかくです。歳をとってそこにハッと気がついたときには人生の黄昏が迫ってきているのです。気がついてみたら青春時代に掲げた目的の半分も達成できなかったことを嘆くのみとなります。だから世界一を目指していないと三流にもなれないのです。」(『武道哲学 著作・講義全集 第二巻』現代社、p.187)

「一流への人生の歩みは他人に頼ったのでは、まず無理だということです。つまり、受験勉強などのように『予備校や学習塾に行ったり、誰かに手とり足とり手伝ってもらったり、もしくは理解できないことがあると他人にすぐに教わったり』では、残念ながら不可能です。……一流への道も学問としての弁証法・認識論への道も、他人に直接教わるものではなく、すなわち、誰かの直接の門下生になったり、研究会にはいったりするのではなく、必死の覚悟をもって日夜自分自身の努力でなすものです。」(『武道哲学 著作・講義全集 第二巻』現代社、pp.11-12)


河合栄治郎の名言

「学生諸君、私は祖国の精神的弛緩に直面して、何ものかに訴えずにはいられない本能を感じる、だが諸君に訴えずして何に訴えるものがあろう。諸君は青年である、若芽のような清新と純真とに富んでいる、まだ悪ずれのしない諸君には、私の弧衷に聞くパトスがあろう。
 諸君は教育の途中にある、そして教育というものこそ、あの精神的弛緩を救う唯一のものである。人はあるいはいうかもしれない、今日の学生に期待するならば、それが祖国に役立つには、遠い将来を俟たねばならないと。確かにそうである、しかし精神的再建は一朝にして成るものではない。早急に効果を期待するものは、精神的弛緩の何ものであるか、その治療がいかに困難であるかを知らざるものである。将来の日本は泡立つ浅瀬の中からは生まれない、物凄いほど静かに澄んだ深淵の底からのみ生まれてくる。それには永い歳月を俟たねばならないのである、だがわれわれの祖国のためにはこれは俟つに値する。諸君が成育して日本を指導する時は、少なくとも今から三十年はかかるだろう、だがこの使命は学生諸君を措いて、他にこれを担うべきものが見出されない。」(『学生に与う』現代教養文庫、p.15)

「成長のためにわれわれはどうしたらよいか。ここに生きたる教師と、死せる教師─書物─や親や友が助けになる、しかしこれも助産婦か慰安者であって、われわれの成長の代理はなしえない。成長はわれわれ自身がなさねばならない。」(『学生に与う』現代教養文庫、p.71)

「ゲーテのいうがごとく、『人は努力すればするほど過ちに陥る』。飛ぶ鳥は落ちるが飛ばざる鳥は落ちない。過ちのないことを求めるならば、何事もなさないに限る、その代わりに人格の成長は停止する。」(『学生に与う』現代教養文庫、pp.74-75)


出隆の名言

「ある共通の根本的仮定(独断的の信条とか憲章とか)の上に安立している当の社会の意識やその指導者から見れば、その神聖な祭壇下に坑道を通じてこれを破壊せんとする懐疑的、批判的な哲学心を危険視するのも当然である。今までよしとしまことと信じてきたものの価値が根本的に顛倒されることは古きを愛する人情としても忍びがたいことであろう。しかし真の愛は寛容であるが柔弱ではない。もし仮定に過ぎないならば、彼から絶対という迷妄を取り除くだけの真摯な愛がなくてはならない。もし全くの虚偽なりと確信する場合には、断固としてこれを破棄し去るの勇気が必要である。ある誤った仮定の破壊が、従来一般に愛好されていた思想の失墜を結果するとか、教会の所説に背反するとか、自己自党の利益を害するとか、あるいは社会国家の現状を変革するとか思って躊躇している限り、哲学的精神は駄目である。眼前の利害をのみ顧慮し、実利実用のみを口にし、現状との関係いかんをのみ意としている限り哲学は育たず真理は消える。」(『哲学以前』講談社学術文庫、pp.42-43)

「真理の価値は、一般多数が現に承認しているかいなか(すなわち多数決)によって決せられるものではない。真理は必ず万人の承認すべきものである。したがって、真理はその時代の人々に認められないこともある、のみならず認められないところに真価の決せられる場合が多い。それゆえに哲学者も時代一般に単に順応するのみをこととせず、時代において時代に生き、時代に接しながら時代を超越した理想の火をかかげ、これによって時代を照らし導くものである。これがためには時代の覇者や俗衆と戦う勇気、すなわち理想的真理への愛と現実のために――プラトンの理想国における統治者のように、しばらく現実の世に降って――反理想的なる一切と争うところの理想主義者の愛が、勇気が、必要である。」(『哲学以前』講談社学術文庫、pp.43-44)


ヘーゲルの名言

「まず第一に、諸君が何よりも学問に対する信頼と自分自身に対する信頼とをもつことを切望してやまない。真理の勇気、精神の力に対する信念が哲学の第一条件である。人間は精神であるから、最高者にふさわしく自分自身を尊敬してよいし、また尊敬すべきである。人間の精神の偉大さと力とについては、いくら大きく考えても、すぎるということはないのである。またこの信念をもってすれば、人間に自分を開かないほどに冷淡なもの、頑固なものはないだろう。最初は隠され、閉ざされている宇宙の本質も、認識の勇気に抗し得る何らの力ももたない。この勇気の前には、その宇宙の本質は必ず自らを開き、その富と深底とを、その人の眼前に現わして、享受に委ねるにちがいない。」(『哲学史 上巻』岩波書店、pp.19-20)


その他の名言

「人間社会は、その内に含む競争関係が原動力となって発展してきたのであり、歴史を進める原動力の指導的存在になった人物は、競争関係の中で辛酸をなめ、それをバネにして力をつけていった人々である。世に言う『偉人』と呼ばれる人々の過去は、たいてい『いじめ』に合いつつも、それに『偉大に』耐えた時期をもつ。『大志』『情熱』『冒険心』などの認識は、そのような競争関係の中でこそ育まれるものだからである。」(布施裕二「精神医学とは何か」第7回(『綜合看護』1987年2号))

「男だったら一つにかける、かけてもつれた謎を解く。」(TV映画『銭形平次』主題歌、作詞:関沢新一)

「一流大学を出て、一流企業に入社したような連中は、ある意味では成功体験ばかりを繰り返してきた連中だ。こういう人たちは、何か物事を起こそうとするにあたって、常にまずそれが成功するかどうかを考える。成功の確率はどれくらいあるかを、さまざまなデータを駆使して考える。始める前に、結果を考えてしまうのだ。そして、さまざまなマイナス要因を探して、確率が低いとなると、したり顔で計画の中止を訴えるのだ。確かにこれは安全な方法には違いない。しかし、データというのは過去の情報の集積なのであって、それをいかに多く集めてきたとしても未来の扉は開けない。世界をあっと驚かすような新技術や新製品の開発は望めないのである。むしろ、『成功の確率は低くてもいい。それでも一発当ててやろう』といったチャレンジ精神が大きな扉を開くことになるのである。それは、軟弱な頭脳ばかりが並べたがる安全性への道を、ブルドーザーのような強力な力で突破する力を持っている。成功はデータではなく、執念でもぎ取るのだ。」(中村修二『考える力、やり抜く力 私の方法』、三笠書房、p.100)

「あらゆる理論の実際的の効果は、我々をしてその理論の対象の体系と方法とに精通させ、従って成果の予測をもって世の中で働きうるようにするところにある。経験は確かにそのための前提にはなるものであるが、しかし経験だけでは足らない。経験から発展した理論、すなわち科学によってはじめて我々は偶然のたわむれから免れることができる。科学によって我々は意識的に事物を支配し、絶対に確実に処理することができる。」(ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』、岩波文庫、p.14)

「2年間よ! 2年の間あなたを待っているわ。いいこと! 途中でくじけたりしたらわたし…あなたを許さなくてよ…!もし棄権なんてマネをしたらわたしあなたを軽蔑するわよ! いいわね。2年よ! あなたはきっとわたしと『紅天女』を競うのよ!」(美内すずえ『ガラスの仮面第12巻』、白泉社文庫、p.250)
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2006年04月29日

モンゴメリー『アンの愛の家庭』(掛川恭子訳、講談社)

※今回も、『アンの愛の家庭』の内容について触れていますので、未読でその内容を知りたくない方はご遠慮ください。

赤毛のアンシリーズ第6巻、『アンの愛の家庭』を読んだ。第6巻であるが、書かれたのは、シリーズで一番最後らしい。イングルサイドを舞台に、34歳〜40歳の母親としてのアンと、その子どもたちが巻き起こす事件が描かれている。

長男のジェム、次男のウォールター、双子のナンとダイ、末娘のリラは、それぞれ独立したエピソードがあったが、なぜか三男のシャーリーにはそれがなかった。

自分も双子ということもあって、ナンとダイの双子のお話は興味深く読んだ。二人は全然似ていない。ちょっとまとめてみよう。

ナン…きれい、栗色の目、栗色の髪、顔の色が素晴らしい、お母さんの想像力を受けつぐ

ダイ…赤毛、見た目はお母さん似、気質や性格はお父さん似


全くどうでもいいが、僕と兄の違いもまとめてみよう。

兄…社交性がある、背がわずかに低い、偏差値も少し低い、たばこを吸う、運動神経がある、運動能力なし、既婚、安定した職業

弟(僕)…社交性がない、背がわずかに高い、偏差値もわずかに高い(つまりバカ)、たばこを吸わない、運動神経がない、運動能力あり、未婚、不安定な職業


なお、ここでいう運動神経とは、いわゆるセンスのことで、例えば、サッカーやバレーなどをやらせると、兄の方がダントツにうまい。ともに部活でやっていたバスケでも、シュートなんかがうまいのは兄である。それに対して、運動能力というのは、ただ単に走ったり飛んだりする能力のことである。実はこう見えて(?)、僕はかなり走りが速い。

まあ、このような違いもあるが、僕ら二人は、まずまず似ている双子といえるかもしれない。見た目もそうだが、同じ大学の同じ学部で、同じ「三浦つとむ」を卒論のテーマに選んだ双子は、めったにいないはずだ。

閑話休題、ナンは、想像力が豊かすぎるが故に、子ども時代のアンと同じような失敗をしてしまう。しかし、自分の失敗を踏まえたお母さんに、適切な働きかけをしてもらうことで、その失敗を乗り越えていく。

一方ダイは、友人運に恵まれず、二人の友人にだまされてしまう。何とも憎たらしい友人なのであるが、その友人たちにだまされ、裏切られていく中で、そういう種類の人間もいるのだということを学んでいく。

最後の三章だけは、アンとギルバートの微笑ましいお話になっている。ここが一番泣けた。とはいうものの、やはり前回の第5巻の方が感動したような気がする。
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2006年04月28日

三隅研次監督『斬る』『剣』『剣鬼』

知人に三隅研次監督『剣鬼』を勧めていただいたので観ようと思ったら、これは三隅研次監督が放つ「剣三部作」の第3作目だと分かり、どうせなら第1作目から観ようと思って、『斬る』→『剣』→『剣鬼』の順に観た。全て市川雷蔵主演。

全作、主人公が最後に死んでしまう(『剣鬼』だけは少しあやしいが)。ちょっと新鮮な感じがした。第1作の『斬る』は、展開が速く、少々驚いてしまった。第2作の『剣』だけは江戸時代のお話ではなく、戦後間もない頃(?)の大学剣道部が描かれている。個人的にはこれが一番面白かった。第3作の『剣鬼』は、痛快。あり得ないくらい足の速い男が、居合いで敵を斬っていく。この殺陣が一番の見所だった。ちょっと居合いをやりたくなってきた。
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2006年04月21日

弁証法の学び方――これからの自分のために



真新しい『弁証法はどういう科学か』(三浦つとむ著、講談社現代新書)を、本革製のブックカバーで覆って、新しい気持ちで読み返した。やはり、見事! の一言である。何としてでも三浦つとむの弁証法の実力をモノにしたいと、改めて思ったことである。そのために、弁証法の学び方を今一度、確認しておきたいと思う。なお、いうまでもないことであるが、僕がいう弁証法というのは、『弁証法はどういう科学か』に説かれている弁証法のことであり、それ以外では決してない。したがって、僕のいう弁証法の学び方というのは、三浦つとむに一歩でも近づく方法であり、あわよくば三浦つとむを超える方法であって、それ以外ではない。

まず、一番重要なことは、この弁証法の基本書の内容を、丸ごと受け入れる、ということである。自分的な解釈をせずに、三浦の論理で読むのである。僕の印象からいうと、99%の人がこのような読み方はできない。「弁証法を三法則に還元しているところがおかしい」などと戯けたことをいう学生、「労働者が資本家と相互浸透するなんてことはあり得ない」などとのたまう自称マルクス主義者、こういう連中は、自分が読んだことのある他の哲学本や弁証法の解説書に引きずられて、三浦を解釈しているのである。三浦を他の哲学者の論理で読めるわけがない。ひどいのになると、「弁証法ははたして科学だろうか? いや実は発想法だ」などと、タイトルに真っ向から疑義をはさんでいる者もいる。三浦つとむが『弁証法はどういう科学か』という本を書き、「弁証法は科学だ」といっているのだから、まずはそれを丸ごと受け入れなければならない。未熟な頭でゴチャゴチャ解釈しても、珍妙な結論になるだけで、決して三浦つとむに近づくことにはならないはずだ。珍妙な結論を「オリジナル」などと呼んで、自己満足に陥るだけである。

では、どうすれば丸ごと受け入れられるのか? 南郷上達論を踏まえれば、まずは形から、ということになろう。まずは技の正確な形をとらなければならないのである。これを弁証法という技の学びに適用すると、基本書に書いてあることを、そのまま音読したり、筆写したり、あるいは他人に説いたりするわけである。「そのまま」という点がポイントである。これ以上正確な形はない。自分の中に「違和感」があっても、そこは「分かったこと」にしておいて、決して自分的な解釈を入れてはいけない。

初心者は往々にして、自分的な間違った解釈をしてしまう。僕が高校一年生に初めて文型や品詞を教えた時に、I can speak English.という表現のEnglishの品詞を、副詞だと言い張った生徒がいた。その少し前に「副詞とは、主に動詞を修飾する語」と教えていたのだが、彼は「英語を話す」というふうに日本語で考えた上で、「英語を」は「話す」という動詞を修飾しているではないか、というわけである。英語の論理を学んでいる時に、慣れ親しんだ日本語の論理に引きずられて、間違った解釈をしてしまった例である(念のために正解を書いておくと、主語になることができるから、Englishは名詞。主語になれるものは名詞だと、最初に教えてある)。これと同じように、弁証法を学んでいるのに、慣れ親しんできた形而上学的論理でもって、弁証法を解釈しようとするのが、初心者の一般的傾向といってよかろう。だから違和感があっても(というより、当然違和感はある。これまで自然成長的に身につけてきた論理とは、全く違うものを学んでいるのだから)、そこはそのまま、丸ごと受け入れようとしないと、一歩も先に進めないのである。

さて、音読・筆写のくり返しにより、ある程度正確な形がとれるようになってきたら、次は主体的にその形をとれるようにしなければならないという気がする。つまり、音読や筆写は、三浦つとむによって正しい形をとらされているだけである。これでも多少の三浦つとむ的認識の軌跡らしきモノは、頭の中に残るであろう。しかし、それだけでは弱すぎる。次は、自ら主体的に、その技の形をとる努力が要求されるはずだ。この第一歩としては、『弁証法はどういう科学か』の要約が効果的であろう。「科学的な方法への要求」から始まって、「健康な懐疑精神を持とう」までの126項目を、それぞれ400字で要約していくのである。実際にやってみれば分かるはずだが、これはかなりの難業である。各項目で三浦つとむがいおうとしていることを、コンパクトにまとめる必要があるのだから、何としてでも三浦つとむに二重化しようとの必死の努力が要請される。もちろん、各項目ごとの要約を終えれば、次は各節ごと、その次は各章ごと、そして最後に『弁証法はどういう科学か』丸々一冊を、400字で要約するのである。こうすることによって、自己の頭の中に、最初はアバウトに、そして徐々に明確に、弁証法の全体像が創られていくことになる。

要約の後に、あるいは要約と並行して、弁証法の「論理をわかるだけの事実を……創らなければならない」(南郷継正『全集第二巻』p.218)。「論理をわかるだけの事実を創る」とはどういうことか? そもそも論理とは、対象とする事物・事象の性質の共通性を一般性レベルで把握したものであるから、一つの抽象的認識である。だから、論理をモノにするためには、その抽象化の過程を自分で辿らなければならないのである。三浦つとむが事実から引き出した論理が『弁証法はどういう科学か』に説いてあるわけだが、その結果としての論理を、われわれは直接に受け取ることはできない。われわれが受け取れるのは、単なる知識である。その薄っぺらな知識が事実を媒介として、厚みのある、豊富な具体像を止揚したところの論理へと転化する。かつて三浦つとむが行ったような抽象化の過程を、自分自身も辿ってみなければ、三浦つとむの論理を受け取ることはできないのである(再措定)。したがって例えば「量質転化」をモノにしたければ、自分の専門分野で量質転化の実験を行い、実際に量質転化を起こしてみる、「ああ、確かに量的な積み重ねが質的な変化をもたらしたな」といえる事実を、くり返しくり返し創っていくのである。あるいは中学校の教科書を、論理的に捉える訓練をする。換言すれば、例えば量質転化の例として中学校の社会の教科書から、いくつもいくつも具体例が出せるように、『弁証法はどういう科学か』的に事実を捉える訓練を積み重ねるのである。

弁証法をモノにできるか否かの分水嶺は、この修行をいかに徹底的に、くり返しの上にくり返し行えるかどうかにあると思う。くり返せばくり返すだけ、ヨリ厚みのある・ヨリ実力ある像が創られていくのである。僕は、相手の弁証法像がどれくらい厚みのあるものか、どのくらいの実力があるものか、何となくわかる気がしている。友人と討論していても、「おっ、こいつ、ここをそう捉えるか。なかなかやるな。弁証法的実力がついてきているな」などと思って刺激を受けることがあるし、達人レベルの言説に触れると、その実力に圧倒され感動するとともに、思わずニヤッとしてしまう。したがって、三浦つとむの著作はもちろん、南郷継正師範や瀬江千史先生、薄井坦子先生などの著作を読んでいる時は、偉大なる実力に対して感動を味わい続けることになる(背筋がゾクゾクッと寒くなることも多い)し、ニヤニヤし続けて、事情を知らない人に見られたらやばいヤツだと思われてしまうこと間違いないだろう。

閑話休題、くり返しの実験によって、弁証法像が科学的認識として成立すれば、あるいは成立する少し前からでも、実際に弁証法を使って当面する問題を解決する実践をしていく必要があると思う。こうして「問題を解決するための武器」としての弁証法が鍛えられていき、その実力がますます高まっていくことになるだろう。

最後に、弁証法の別の一面も確認しておきたい。南郷師範は次のように書いておられる。

「……『科学としての弁証法』を説いた『弁証法はどういう科学か』を中心に、一般教養レベルの諸学問を、ただひたすらに二十年もかけて学んだ……。私はこの著作一冊を、人類の全文化遺産である諸々の著作を学びとる武器として、ここまでやってきたのです。」(『全集第二巻』p.274)

文化遺産を学びとる武器としての『弁証法はどういう科学か』!! 私もこの著作を中心にして、ただただこの著作のみを武器として、人類の文化遺産を学んでいこうと思っている。
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2006年04月16日

ディーツゲン読書会その1

ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(岩波文庫)の読書会を行った。今回は、「まえがき」と「一 序論」、「二 純粋理性或は一般的思惟能力」を扱った。

「まえがき」にある「哲学の歴史は私の一身において繰り返された」(p.10)との名言。いいですなあ。ヘッケル流にいうと「個体発生は系統発生を繰り返す」。僕も将来いってみたいセリフだ。

そして「序論」の冒頭。三浦つとむすらが引用しなかった(できなかった)名言。

「体系化ということが科学の全活動の本質であり、その一般的表現である。科学は我々の頭脳に対して世界の諸々の事物に秩序と体系とを与えようとするものに外ならない。例えば、或る言語の科学的認識は、それを一般的な類別と規則とに分類し或は秩序付けることを要求する。農業科学は馬鈴薯の収穫をあげることだけを目的とするものではなく、農業の方法と様式とに関して体系的秩序を見出し、その知識によって成果の予測をもって耕作できるようにしようとするものである。あらゆる理論の実際的の効果は、我々をしてその理論の対象の体系と方法とに精通させ、従って成果の予測をもって世の中で働きうるようにするところにある。経験は確かにそのための前提にはなるものであるが、しかし経験だけでは足らない。経験から発展した理論、すなわち科学によってはじめて我々は偶然のたわむれから免れることができる。科学によって我々は意識的に事物を支配し、絶対に確実に処理することができる。」(p.14)

科学の本質を指摘した箇所であるが、僕は「成果の予測をもって世の中で働きうるようにする」という文言で、原田隆史氏を思い出す。原田氏は次のようにいっている。

「私が実践してきた取り組みは『未来信仰』といえるかもしれません。子どもたちに『未来をいじる力』をつけさせたいと考えているのです。」(原田隆史『本気の教育でなければ子どもは変わらない』、旺文社、p.190)

原田氏は中学教師時代、陸上部を指導して、7年間で13回の日本一に導いた。原田氏の指導を受けた生徒の何人かは、「最後の大会の第六投目で中学新記録を出す!」とか、「明日の何時何分に何点取って総合優勝を決める!」と予告して、その通りに実現してきたという(予告優勝)。まさに、原田氏の指導によって生徒たちは「偶然のたわむれから免れ」、「意識的に事物を支配し、絶対に確実に処理」したわけである。「必然性の洞察」によって「自由」を獲得した、といってもいいかもしれない。いずれにせよ、原田氏の教育は、生徒の頭の中に科学的認識を育てる教育だといって間違いない。

さて、第2章の「純粋理性或は一般的思惟能力」では、「純粋理性」の批判がなされている。つまりカント批判である。ディーツゲンは、ヘーゲルを媒介とすることなく、カント批判から直接唯物弁証法を発見したのである。それも、今の僕と同じく、半日働いて、半日学問の研鑽を行っていたようだ。

この章では、「本能的な概念」と「意識的な、分析された概念」の二つの概念が登場する。ここの部分は、目からウロコだった。以前われわれが行った「心情」と「態度」の分析も、「本能的な概念」を「意識的な、分析された概念」に高めようとする試みにほかならなかったのである。ディーツゲンは次のようにいっている。

「概念は本能的に、自然的に産み出される。この概念を明瞭に意識し、知識と意志とに従属させるためには、我々はそれを分析することを必要とする。……分析によってはじめて事物は概念的に、的確に或は理論的に把握されたことになる。……ある概念の分析と、その対象すなわち概念を産み出した事物の理論的分析とは同じものである。……実践的分析は理論的分析の前提である。我々にとって、動物概念を分析するためには感覚的に区別される動物が、友人を分析するためには個々に経験される友人が、材料或は前提の役割をしている。……概念の分析は、その対象の特殊の部分の共通性或は一般性を認識することの中に存している。」(pp.37-39)

以上の記述が直接に、思惟能力の分析にもなっている。こうして、「思惟能力とは、特殊のものから一般的なものを究める能力である、ことが明かになる」(p.40)わけである。カント批判としては、次のような記述がある。

「若し、我々が世界を『事物自体』と考えるならば世界『自体』と我々に対して現れる世界すなわち世界の諸現象とは、全体と部分との相違に外ならないことが、容易に理解されるであろう。世界自体とは世界の諸現象の総和にすぎない。」(pp.42-43)

「…思惟過程の理解は、思惟能力が思想を形造るのではなく、逆に個々の思想から思惟能力という概念が形造られるということ――従って、感覚能力が我々の見ることの総和として存在するように思惟能力も我々の思想の総和としてのみ実践的に存在するということ、を我々に教える。
 これらの思想すなわち実践理性が材料となり、その材料によって我々の脳髄が概念としての純粋理性を産み出す。理性は実践においては必然的に不純である。すなわち理性は何らかの特殊な対象と関係を持っている。純粋理性すなわち特殊な対象を持たない理性とは、特殊な理性の諸作用の中の一般的なものに外ならない。」(p.43)

いやー、勉強になった。それでも討論をしていると、「感覚って何だ?」「感覚と感覚像は違うのか?」などといって、認識論の唯一の基本書たる海保静子『育児の認識学』(現代社)を参照すること、しばしばであった。ディーツゲンを媒介にして、認識論の理解が曖昧であること、分かっていないのだということ、が明確になってきた感じだ。基本書を再読する必要性とともに、基本書の論理を理解するための事実を創る実践の必要性を感じだ。

なお、今回は岩波文庫版の他にも二種類の訳とドイツ語原文を対照しながら、理解に努めた。なにやら学術的雰囲気が漂っていて、悪くない感じだった。『いのちの歴史の物語』の単行本が出たら、直ちにそちらの読書会に変更すること、出なかったらディーツゲンの次は瀬江千史『医学の復権』(現代社)をやろうという話が出た。

以下はS君作のレジュメ。ちょっと欠陥のあるレジュメだと本人がいっていたが、読書会後、ちゃんと不足部分を追加してくれたようだ。



ディーツゲン『人間の頭脳活動の本質』(小松摂郎訳、岩波文庫)
2006年4月14日

まえがき
・体系的な世界観への要求
「哲学の歴史は私の一身において繰り返された」
・思惟能力の一般的な形式・普遍的な本質について述べる


一 序論
科学の本質
体系化こそ科学の全活動の本質。科学は我々の頭脳に対して世界の諸々の事物に秩序と体系を与える。経験から発展した理論すなわち科学によって我々は意識的に事物を支配し、確実に処理することができる。
 ↓
認識、理解等の人間の思惟能力を科学的な基礎の上に築くことができれば、すなわち理性が科学的真理を産み出す方法と様式を発見できれば、確実な成果を得ることができる。

*真理と誤謬はいかに区別されるか? 真理とは何ぞや?
→この謎を解くことに尽力してきたのが哲学

哲学(思弁哲学)の本質と経過
○本質
元来、特殊の個別科学ではなく、知識一般の種属名。一般者、世界全体、宇宙を把握しようとする。
○方法・様式
感覚、肉体的経験を退け、人間理性の統一によって世界全体を体系的に認識しようとする。
○哲学の成果
感性を否定し思惟そのものをとらえようとしたことによって、思惟過程・認識能力の科学を促進。
○哲学の終結
経験が豊富になることで以前の思弁の誤謬が明らかに。帰納的方法が輝かしい成果をあげる。
→哲学は経験的認識能力の非哲学的科学へ、理性の批判へと還元された

*いかにして真理が認識されるかという方法と様式とに関する秘密、いかなる思惟も対象と前提を必要とするという事実に関する無知が、哲学の歴史に含まれている思弁的誤謬の原因。

我々の課題
哲学が科学をいかに促進したかを簡単に約説=思惟過程の一般的性質を明らかにすること


二 純粋理性或いは一般的思惟能力
※思惟過程の一般的性質を問題にする

思惟は脳髄の作用
思惟は認識を目的とした脳髄の作用である。

思惟の対象
思惟は対象を必要とする。
すべてのものは認識されうるが、認識されうる限りにおいてである。
「客体は認識の中に解消するものではない」
*二重の形での認識…具体的・感覚的・多様/抽象的・精神的・統一的
*頭脳は事物そのものではなくその概念、表象、一般的形式をとり入れる。客体の認識されうる精神的側面。
*思惟能力そのもの(=精神)もまた思惟作用の対象となる。
→概念を生み出すこと(本能)と概念を分析すること(意識)
「ある概念の分析と、その対象すなわちその概念を生み出した事物の理論的分析とは同じもの」

思惟の本質
思惟は感覚においてさまざまな現れ方をする対象の現象の中から類似のもの、等しいもの、一般的なものを抽出することによって、単一な概念に転化させる。

純粋理性とはなにか
 対象と結びついた実践理性を材料に、特殊な理性の諸作用の中の一般的性質として、脳髄が概念として産み出すもの。
*世界「自体」…世界の諸現象の総和


論点

○結局、ディーツゲンは哲学をどのようなものとしてとらえたのか?
○結局、ディーツゲンは科学をどのようなものとしてとらえたのか?
○結局、「思惟」とはなにか? 
○思惟と認識、精神、概念などとの関係は? 
○思惟と感覚との関係は?
○「事物もまた精神を持っている」(p33)とはどういうことか?
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2006年04月14日

モンゴメリー『アンの夢の家』(掛川恭子訳、講談社)

※今回も、『アンの夢の家』の内容について触れていますので、未読でその内容を知りたくない方はご遠慮ください。

『赤毛のアン』シリーズ第五巻、『アンの夢の家』読了。アンが25〜27歳の間の新婚生活が描かれている。舞台はフォア・ウインズ岬の灯台近くにある白い「夢の家」。

感動した! いままでの中で一番よかったかもしれない。第4巻『アンの幸福』のように、ゴチャゴチャした感じが全くないのもいい。しかし、それだけではなく、主要登場人物のそれぞれが、思いがけないようなハッピーな結末を迎えるのが、読んでいて非常に嬉しかった。

アン。初めての子どもが生まれたその日に死んでしまう。その悲しみはいつまでも消えないが、その悲劇がアンとレスリーとの壁をとりのぞいてくれた。しかも一年後、アンにはジェームズ・マシューと名付けられることになる男の子が生まれる。よかった、よかった。

レスリー・ムーア。若くして母親を救うために結婚したものの、夫が航海先でけがを負い、記憶をなくした上、精神的におかしくなって帰ってくる。そんな夫の面倒を、一生見なければならない宿命のレスリーは、アンとギルバートの幸せな新婚生活をねたみ、アンに密かな敵意を抱いていた。しかし、アンの娘が亡くなったことをきっかけに、アンとの間にあった壁がとりのぞかれ、アンと真の「ヨセフの一族」(アン流にいうと<相呼ぶ魂>、つまり心の友)になる。その後、下宿人であるオーエン・フォードを愛してしまう。頭のおかしい夫をもつ身ゆえ、どうすることもできないと思われた。しかし、ギルバートのすすめによって、夫ディック・ムーアに脳の手術を受けさせる(これで記憶が回復するかもしれないのだ)ことで、事態が一変する。手術は成功した。すると、衝撃の事実が明らかになる! 僕はてっきり、この手術でディックが死んでしまって、その後レスリーとオーエンが一緒になって、めでたしめでたし、だと予想していたのに、その予想をはるかに超える、衝撃の、そしてもっとハッピーな結果になったのだ。こんな結末を、誰が予想していただろうか。いや、誰も予想していない。とても信じられる話ではないのだ。アン自身もいっている、「わたしたちのうちのだれひとり、夢にも思わなかったような」(p.217)と。ちょっとひっぱってみたが、小説中でもアンがなかなか結末をいわないので、ちょっとイラッときたものである。実はディックなんていう人は存在しなかったのだ。ディックだと思っていた人は、そのいとこであった。特殊な目をしていたので、風貌がかなり変わっていたにもかかわらず、記憶がなくなってしまった人間をディックだと思ってジム船長が連れ帰ってきたのだが、別人だったわけである。これで、晴れてレスリーは自由の身となり、オーエンと婚約する。めでたしめでたし。

ジム船長。かつては世界中の海を駆け回った冒険家。今は灯台の守。活き活きと冒険物語を語ってくれる話術に長けた老人。自分の冒険譚を『人生録』に書き連ねているものの、語り口とは裏腹に、書き言葉は苦手で文法的な間違いも多く、魅力に欠けるものとなっている。ところが、レスリーのところへ下宿に来た作家志望のオーエン・フォードの目にとまり、オーエンはインスピレーションを受ける。長年、自分の冒険物語を、しっかりとした小説として残したいと思っていたジム船長は、オーエンに協力して、自分の人生録を元にした物語を書いてもらう。年老いたジム船長は、自分の人生録が本になることを楽しみにして過ごすが、とうとうその本が出来上がり、ジム船長のもとに届けられた夜、船長はその物語を最後まで読み切り、満足しきった表情で亡くなる。いい話だ。

この第5巻までは、アンが11歳の時にグリーン・ゲイブルズに引き取られてから、27歳で小さな「夢の家」を出ていくまで、連続して描かれている。しかし、次の第6巻は、7年後に飛ぶようだ。まだまだ感動させてくれそうな予感がする。
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2006年04月12日

ウィキペディアの「三浦つとむ」と「滝村隆一」と「学城」――酔っぱらいの戯言

ウィキペディアの「三浦つとむ」には本名が記してあるのに、「滝村隆一」には本名の記述がない。滝村隆一ファンなら誰でも知っているはずのことであり、なおかつ著作に記してあるのだから、ここで書いても問題あるまい。滝村隆一の本名は深谷直人である。『アジア的国家と革命』(三一書房)の奥付に明記してある。どうでもいいマイナー情報を付け加えておくと、当初はペンネーム滝村隆一を「たきむら・たかかず」と読ませていたようだ。黒い色の増補版ではない、赤い色の旧版『マルクス主義国家論』(三一書房)の奥付には、そう振り仮名が振ってある。

さらにどうでもいいことを書いておくと、僕のペンネームは寄筆一元(よせふで・いつげん)である。江戸川乱歩が私淑したエドガー・アラン・ポーに基づいてペンネームを創ったように、僕は私淑するつもりであったヨゼフ・ディーツゲンに基づいてペンネームを創ったのである。

かつて三浦つとむはいった、「ヨゼフ・ディーツゲンはわたしの教師である。わたしはそれを誇りとする。」(『弁証法・いかに学ぶべきか 三浦つとむ文庫(1)』、季節社、p.48。なお、『三浦つとむ選集2 レーニン批判の時代』所収の「マルクス主義の基礎」では、「ヨゼフ・ディーツゲンはわたしの教師である。わたしは彼の弟子であることを誇りとするものだ。」という表現になっている。)と。かつて僕の友人S君は、バイト・ノート(謎。デス・ノートではない)に書いた、「三浦つとむはわたしの教師である。わたしはそれを誇りとする。」と。その後、僕は同じくバイト・ノートに書いた、「南郷継正はわたしの教師である。わたしをそれを誇りとする。」と。

閑話休題、ウィキペディアの「三浦つとむ」には、「影響」として「薄井担子」なる人物が挙げられている。ひょっとして薄井坦子先生のことだろうか? リンクも貼っていないし、別人であって欲しいが、あまりに文字が似ているし、「看護学」とあるからには、おそらく薄井先生のことだろう。失礼にもほどがある。誰が書いたんだ? 

ウィキペディア「学城」には、「読み不明仮に、がくじょう、とする」とあるが、この雑誌の読み方は「がくじょう」でいいはずである。もちろん、僕は玄和会員ではないので、南郷師範の講義を聴いて、その中で「がくじょう」といわれていた、というわけではない。単に、『学城』を定期購読しようと現代社に電話した時に、「あの〜、新しい学問誌なんですけど」と僕がいうと、現代社の方が「ああ、ガクジョウね」とおっしゃったというだけのことである。まさか、現代社の人が間違っているということはあるまい。

それにしても、「ZA-KHEM,sp」の「,sp」の意味が未だに分からない。前半の「ZA-KHEM」の方は、「ゼノン・アリストテレス―カント・ヘーゲル・エンゲルス・三浦つとむ」でいいとして、「sp」って何だ? 長年の謎である。第一号で、「ZA-KHEM,spとは何か」を説いていただけると確信していたのに、それはなかった。第二号にもない。これを考え始めると、夜も眠れないほどである。どなたか教えてください。それにしても、「ゼノン・アリストテレス―カント・ヘーゲル・エンゲルス・三浦つとむ」という形で、史上最高の頭脳をもった哲学者たちと三浦つとむが並んでいる(しかも、取りが三浦つとむである!!)と、三浦つとむの偉大性を感じずにはいられない。「弁証法」という名の認識が、古代ギリシアからゲルマンを経て、日本に辿り着いたのである。日本に生まれてよかった!!

ウィキペデアの記事は、誰も訂正しないようなら、そのうち僕が書きかえようと思っている。
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2006年04月10日

オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督『es[エス]』

スタンフォード監獄実験(Stanford prison experiment)を元にした映画。これは、新聞広告などで集められた被験者が、看守役と囚人役に別れて、模擬監獄の中で一定期間過ごした時の、それぞれの行動を観察する実験である。当初はお遊び半分だったのが、徐々に看守役は看守らしく、囚人役は囚人らしく振る舞うようになる。

映画では、看守役の横暴さがエスカレートして、死者まで出てしまう展開になっている。非常にスリリングな展開で、なかなか面白かった。実際の実験でも、精神的におかしくなる被験者が出たらしい。倫理的な問題にもなっており、現在はこのような実験は行われていないはずだ。

それにしても、認識論的にも面白い実験だ。人間の認識は、対象の反映であるから、人間が生活している環境によって創られるといってもよい。監獄で、看守の制服を着て、看守として囚人を制圧する役割を与えられれば、その環境なり状況なりによって認識が創られ、その認識に基づいて行動するようになるのである。三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』的にいうならば、被験者が看守の制服を着て看守としての仕事をすることによって、わずかながらも現実に看守としての性格が浸透してくると、物質的な条件に媒介されてその意識もまた看守的になっていく、ということであろう。

ニューヨーク市長だったジュリアー二が採用した割れ窓理論を彷彿とさせると思って調べてみると、このスタンフォード監獄実験を指導した心理学者ジンバルドと割れ窓理論はつながっているようだ。つまり、ジンバルドの没個性化の理論を元にして、犯罪学者ジョージ・ケリングが割れ窓理論をつくったということらしい。

心理学関係の映画としては、他にミロシュ・フォアマン監督『カッコーの巣の上で』と、ジェームズ・マンゴールド監督『17歳のカルテ』を最近観た。前者は、「ロボトミー手術の悲惨さを世間に告発した」(竹内薫『99.9%は仮説』光文社新書、p.101。IZAYOHIさん、ごめんなさい。お薦めしていただいたこの本、どのあたりが面白いのか、よく分かりませんでした)映画である。後者は、60年代末のアメリカ精神病院の様子が描かれている。どちらかというと、後者の方が面白かった。
posted by 寄筆一元 at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

ネット上のフリー情報

ネット上には、数多くの情報が流れている。無料で入手できる情報も多い。僕は毎日、東京新聞の社説をネット上で読んでいるし、Yahoo!ニュースなんかもよく読む。今回は、僕がよく利用するフリーの情報サイトをいくつか紹介したい。


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

誰もが編集に参加できる百科事典。たいていのことならここで調べられる。Nature誌は昨年末、「Wikipediaの情報はブリタニカと同じくらい正確」との調査結果を公表した。もちろん、ブリタニカ側は反論しているが、まあ、ほぼ伝統的な百科事典に匹敵するような内容であることは確かなようだ。

各国語版が存在する。例えば、英語版とドイツ語版には「ディーツゲン」すら載っている。日本語版には「ディーツゲン」もなければ「原田隆史」もない。そのうち僕が書こうか。

それにしても、IZAYOHIさんの博学ぶりには驚かされる。僕が調べる言葉、調べる言葉、ほとんど全てに、IZAYOHIさんは関わっておられて、ビックリだ。


青空文庫

著作権の切れた文学作品などが読める。南郷師範お薦めの本としては『大菩薩峠』なんかも収録されている。


Project Gutenberg
Project Gutenberg of Australia

著作権の切れた海外の文献が読める。『赤毛のアン』もあれば、ヘレン・ケラーのThe Story of my lifeや、ナイチンゲールのNotes on Nursingも読める。


AKAMAC Home Page

マルクス主義の文献を初め、海外の文献へのリンクがある。学生の時にかなりお世話になった。


Bartleby.com

英語の辞典やシソーラス、百科事典など、多数の辞書類で検索ができる。また、H・G・ウェルズ『世界史概観』の原典も読める。


Yahoo!辞書

国語辞典も英和辞典も二冊ずつある。


goo 映画

映画のタイトルや監督、キャストだけでなく、あらすじも分かる。
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2006年04月08日

モンゴメリー『アンの幸福』(掛川恭子訳、講談社)

※今回も、『アンの幸福』の内容について触れていますので、未読でその内容を知りたくない方はご遠慮ください。

『アンの幸福』は、『赤毛のアン』シリーズ第4巻であり、アンが22歳〜25歳の3年間、サマーサイド高等学校校長として活躍する様子を描いている。物語の大半は、アンが婚約者であるギルバートへ書いた手紙という形式になっている。そのためか、少し違和感があった。

この第4巻は、やたら登場人物が多い気がした。「こんな人いたかな?」などと思って前を読み返しても出てこない、実は初登場の人物だった、というようなことがたびたびあった。それにしても、主要登場人物であるレベッカ・デュー、ケイトおばさん、チャティーおばさん、エリザベス、キャサリンはもちろんのこととして、マイナーキャラであるサイラス・テイラー、ミセス・ギブソン、ノラ、ジム・アームストロング、アーネスタイン、ヘイゼル、ジェラルドとジェラルディーンという双子、フランクリン・ウエストコット、ミス・ミネルバ等々、それぞれ個性的で、いかにもいそうな人物でリアリティーがあった。

物語の中心はキャサリンとエリザベスで、ともにアンと出会うことで幸せになっていく。最後にエリザベスが父親と出会う場面など、やはり涙が出てきた。

これまでの『赤毛のアン』シリーズでもそうだが、人びとの日常生活に対するキリスト教の影響が様々に描かれているのも、日本人にとっては新鮮で面白い。寝る前のお祈りや日曜学校、聖書の内容に関する会話、などである。ちょっと聖書を勉強したくなってきた。また、お茶の習慣も描かれており、紅茶でも飲みながら読みたい気分になる。

少し調べてみると、『アンの幸福』はシリーズとしては第4巻であるが、モンゴメリーが書いた順番としては、最後から2番目で、第1巻を書いてから約30年後の作品であることが分かった。第1巻がモンゴメリー34歳頃の作品であるのに対して、この第4巻は62歳頃の作品ということになる。当初感じた違和感は、手紙形式のためだけではなくて、作者モンゴメリーの年齢も関係していたのかもしれないと思った。
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2006年04月07日

気がつけば

気がつけば、ブログを初めて一年である。やはり本の紹介がメインのブログになってしまった。といっても、なかなか読んだ本全てを紹介できているわけではないが。今後は、少しつまらなかった本でも紹介していこうか。あとは、もう少し形式を整えて、もうちょっと書評っぽいものを書いてみたい。

カテゴリの「時事問題」が、一年経っても0なのが、われながら笑える。削除するつもりはないが、他のカテゴリも含めて、再構成した方がいい気もする。塾講日誌や英語の話にも力を入れたい。
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黒澤明監督『生きる』

最近はけっこう映画を観ている。先日、黒澤明監督『生きる』を観た。市役所の課長が主人公の映画である。Yahoo!ムービー等では、次のように紹介されている。市役所なんかで働く役人には、是非観てもらいたい映画だ。

癌で余命幾ばくもないと知った初老の男性が、これまでの無意味な人生を悔い、最後に市民のための小公園を建設しようと奔走する姿を描いた黒澤明監督によるヒューマンドラマの傑作。市役所の市民課長・渡辺勘治は30年間無欠勤のまじめな男。ある日、渡辺は自分が胃癌であることを知る。命が残り少ないと悟ったとき、渡辺はこれまでの事なかれ主義的生き方に疑問を抱く。そして、初めて真剣に申請書類に目を通す。そこで彼の目に留まったのが市民から出されていた下水溜まりの埋め立てと小公園建設に関する陳情書だった……。


親と子の対立、助役と市職員の対立等も、リアリティーがあってなかなか面白い。1952年の作成だが、当時の娯楽なんかも描かれていて興味深い。

黒澤明の作品は、これまで3〜4本くらいしか見ていない。爆笑問題の太田もかなり絶賛していたように思うので、これからちょっと観てみようと思う。
posted by 寄筆一元 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする