2005年07月26日

滝村隆一「二重権力論」(『新版 革命とコンミューン』イザラ書房、所収)

先日行った滝村国家論の読書会で扱った。これは、滝村隆一氏が法政大学三年生の時(23歳頃)に書いて『試行』に発表した処女論文である。南郷継正氏によると「東大教授がペンネームで書いたのではないかとの噂がたったくらい秀れた政治学の論文」(『武道の復権』p.194)ということである。僕が生まれる10年以上も前に、若き日の滝村氏がこのような論文を書いたとは、本当に驚きだ!

読書会には三浦つとむ主義者=南郷信者(直接的同一性、とか言ってみる)である僕のほかに、同じく三浦つとむ主義者で南郷信者のS君、某一流(?)大学院D2のK(といっても、もちろん夏目漱石『こころ』で死んでしまうKではない)ちゃん、それにO(僕の弟。「おとうと」の「お」からO)が参加した。S君は参考資料として、トロツキー『ロシア革命史』(岩波文庫)から「二重権力」の章をコピーしてきた。マルクス主義者による、数少ない二重権力の検討だという。

初めにKちゃんが「二重権力論」の内容をレジュメにそって報告。次に疑問点や論点を出し合って、初参加のOのために、Kraft、Macht、Gewaltや国家意志、<第三の権力>などの基本用語を確認した。念のために、『増補マルクス主義国家論』からKraft、Macht、Gewaltの説明を引用しておこう。

Kraft:
「物理的に作用する諸力」(p.26)

Macht:
「自然・社会・思惟にわたって、人間に能動的に働きかける力をその過程的構造において把えたもの」(p.97)
「諸個人が<生活の生産>において直接・間接にとり結んだ関係を基礎にしてつくりだされた・規範としての<共通意志>による支配=服従関係を本質とした・<支配力>」(pp.27-28、社会におけるMachtの規定)

Gewalt:
「人間が創り出した社会的諸力であれ、雷などの自然諸力であれ、人間に対して暴力あるいは強力として作用する状態におかれたすべての諸力」(p.26)

なお、三浦つとむはKraftを「力そのもの(物質的または観念的な)」、Gewaltを「人民に対して行使される暴力」、Machtを「管理力」(「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」、1967年頃提出、『胸中にあり火の柱』pp.322-323)と規定している。

その後、国家意志における理念的・形式的部分と具体的・実質的部分の区別と連関、さらにこの両者は<統治>と<行政>に対応するのかどうか、また<政治Macht>の階級的性格と<経済的>出自のズレなどについて、いろいろと議論をした。なお、<統治>と<行政>概念に関しては、一般向けに書かれた『ニッポン政治の解体学』p.110に簡潔に説いてある。全ての論点を扱う前に時間切れ、続きは居酒屋で行うことになった(もちろん、居酒屋で続きなどは行っていない)。

僕が弁証法の参考文献としてこの論文から学ぶべきだと思うことは、矛盾は具体的に正確に把握・分析しなければならないこと、さらに対象を思い通りに変化させるためには対象の持つ法則性をしっかりと認識しなければならないこと、の二点である。ここまで言ってしまうと一般的すぎるかもしれないが。。。

ともかく、題材がなんであれ、同じく弁証法・認識論を学ぶ仲間とは、こうして定期的に会ってお話しするのが刺激にもなって、たいへんいいことだと思った。
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2005年07月23日

藤永保『発達の心理学』(岩波新書)

本書は1982年発行とやや古いが、その分、一昔前の教養の香りが漂っている。筆者は旧制高校最後の世代らしい。

何となくまとまっていない印象を受けるが、僕なりに本書の内容を整理すると次のようになる。すなわち、@developmental psychologyの持つ原パラダイム=生得説とAそれに対立するパラダイム=経験説を対比しながら、B両者を統一するより普遍的なパラダイムを模索しているのである。

以下、それぞれのキーワードを挙げておこう。

@遺伝  素質  氏  成熟  本能
 生得説  先決説  予定説  合理論  宿命論 
 児童中心主義  小さな大人  気質論的発想
 自然観察  記述

A環境  育ち  学習  タブラ・ラサ
 行動主義  社会化  経験論  変化可能性
 実験  比較法  因果的説明

B臨界期  相互作用説  シェマ  同化  調節
 後成説(漸成説)
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2005年07月21日

仕事帰りの電車で

今日仕事帰りの電車の中で、妙な(strange)オッサン二人組を目撃した。仮に甲(53歳)と乙(51歳、もちろん共に推定)としておこう。

電車に乗り込むなり、大声で二人は議論し始めた。どうやら、電車で地べたに座り込んでる若者に関することのようである。甲が「一体何を考えているのか、ああいう連中は」というと、乙は「まあ、あんなふうにグチグチいっても仕方がないよ。」と返す。「いや、俺はグチグチいったつもりはない」と甲。すると乙は「いや、あれをグチグチいうというんだよ。彼らにとったら文句を言われたと思っているよ。われわれ時代と彼らの時代は違うんだよ。」と諭す。乙の声がなかなか渋い。その後、乙の長男、次男の話題になっていた。どうでもいいが、乙の長男は気が小さいらしい。

しばらくしてから、急に彼らの会話が英語になっていることに気が付いた。いや、彼らじゃなくて、乙だけだ。下手くそなカタカナ英語だが、相当なスピードで話している。そうかと思うと、急に日本語で、「月2万〜3万も出してNOVAに通っているやついるだろ? それなら俺が5千円くらいで、中国語教えてやるよ。」などといっている。NOVAに通っているやつは、中国語を習いに行っているのか? たいがい英会話だと思うのだが。。。

次の駅で甲が降りた。乙は一生懸命英語で別れの挨拶らしきことをしている。しかも大声で。周りに聞いて欲しいのか? 「ユー アンダスタンド?」しか聞き取れない。入れ替わりで電車に乗り込んできた丙(推定39歳)がこの英語会話を不審に思いながらも、席に着く。乙はこの丙の前に座る。電車が動き出した。すると乙は英語で丙に話しかける。「ディス トレイン ストップ? Mステイション? ノン・ストップ?」と。M駅に止まるかどうか聞いているらしい。丙はカタコトの英語でM駅には止まらないこと、次に止まるのはN駅であることを説明している。

乙は普通に見ればどこにでもいる日本人のオッサンだが、カタカナ英語をしゃべってる姿を見ると、東南アジア系の顔に見えなくもない。おそらく丙は、乙をフィリピンかどこかの人間だと解釈したにちがいない。

突然、携帯が鳴った。乙の携帯だ。乙は電話にでるなり、「もしもし、ああ、お前か。俺? 今H駅を過ぎたとこ。M駅には止まらないらしいよ。次止まるのはN駅だって。ところで、お前の上司に○○課長っていただろ? ……」などと日本語でしゃべり始めた。僕はすでにこの乙がおかしなオッサンであることを分かっていたからいいようなものの、英語で話しかけられて英語で答えていた丙にとっては、全く理解できない出来事だったと思う。キョトンとした顔をしていた。その後も乙は電話で話し続けた。乙は電話の声もデカイ。しかも時々英語が混じる。「ドン ウォーリー」などとくり返している。

電車が次のN駅に止まった。乙はまだ電話でしゃべりながら電車を降りていった。変なオッサンもいるものだ。
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2005年07月11日

下條信輔『サブリミナル・マインド』(中公新書)



「サブリミナル」といえば、映画の映像の中に、見えているという意識を伴わないほど短い時間(3ミリ秒)だけ「コークを飲もう」のようなメッセージを入れたところ、コーラの売り上げが上がったという、あの有名な「サブリミナル・カット」の実験のことを想起する。しかし本書は、この実験を詳解したものではない。

副題に「潜在的人間観のゆくえ」とある。すなわち、本書では、人の知覚や行動は、自分で意識化し言葉にできる心のはたらきよりも、自分でも気づかない無意識的な心のはたらきに強く依存しているという人間観=セントラル・ドグマが、様々な資料に基づいて検討されている。それとともに、この「認知過程の潜在性」あるいは「潜在的な認知過程」を認める人間観が、われわれの日常生活や社会に対していかなる意味を持つかというテーマにまで言及されているのである。

本書は日本を代表する認知心理学者である下條氏が東大教養学部等で行った講義をまとめたものであるが、その「講義の最終的なメッセージとして大事なこと」を次のようにまとめている。

「つまり人の心が顕在的・明証的・自覚的・意識的な過程だけではなく、潜在的・暗黙的・無自覚的・無意識的な過程にも強く依存しているということ。さらに忘れてならないのは、動物の進化の過程を見ても人の発達の過程を見ても、暗黙知がつねに先立ち、明証的な知の基礎となっていることです……。
 そしてもっと大切なのは、暗黙知と明証的な知とは互いに密接に作用しあっていて、それが人間の心のはたらきを人間独自のものにしているということです。」(p.15)

こうして、心理学の様々な知見が、「潜在的な認知過程」という一大論理に収斂する形で説かれており、非常に面白く、まとまりのある内容となっている。心理学の基礎的な知識、例えば、認知的不協和理論、帰属理論、ジェームズ=ランゲ説、分割脳の実験、盲視覚、記憶の分類、健忘症、カクテルパーティ効果、プライミング、単純呈示効果等々も分かりやすく説かれているため、心理学の入門書としてもお勧めできるものとなっている。「ともすれば無味乾燥で画一化しがちな入門講義を、魅力ある切り口で再編成しようとした」(p.302)という筆者の目標は、見事に達成されているといえる。

最近、本書とは別に、心理学の概論書を二冊読んだ(『心理学』(東京大学出版会)『心理学』(有斐閣))。読んでみて、純粋に面白かった。今まで、三浦・南郷関連の学問を別にすれば、経済学、教育学、倫理学、環境学などをかじってきたが、そのどれよりも面白く、興味が持てる。現在一般的に認められている学問分野の中では、認識論に一番近いということが関係しているのかもしれない。また、これまでに膨大な数の興味深い実験が行われてきたことに驚いた。系統発生的な研究も、思いのほか進んでいる(単に無知だっただけだが)。認識学の構造論を構築するための事実は、これまでの心理学や動物行動学などの研究で出尽くしているのではないかとも思えた。

たとえ出尽くしているにせよ、これらの成果を一つの学問体系としてまとめるのは、非常に困難で、非常に高度な論理能力が要求される仕事である。僕が学んできた認識論・認識学とは理論的立場が違うとはいえ、『サブリミナル・マインド』は「専門化し細分化しすぎた自分の分野を再び統合し」(p.302)ようとした一つの試みである。
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2005年07月07日

三浦つとむ『人生――人間のありかたと生きかた』(講談社ミリオン・ブックス)

三浦つとむ『人生――人間のありかたと生きかた』(講談社ミリオン・ブックス)を古本屋で発見して読んだ。わりと初期の著作であるが、読んでいる間は「流石三浦つとむ!」と唸りっぱなしであった。目次は「Logic Board ―どう考えるのが正しいか」で紹介されている。

目次を見ても明らかなように、非常に幅広いテーマが扱われているが、今回は「学び方」に焦点を当てて考えてみたいと思う。まずは、関連する部分を引用する。

「完全な真理というのは、真理をつかんだ人間が自分の実践をとおしてその正しいことを証明し、自分の身につけて、いつでも実践の指針として役立てられる状態におかれている真理であり、宙に浮いて逆立ちしている真理というのは、ことばで教えられ本で読んで頭の中にうつしかえられただけの真理、真理をつかんだ人間の実践とむすびつかずにまだ身についていない真理である。」(pp.68-69)

「学ぶということは、自分のぶつかっている問題を解決するために、それに必要な知識を直接に間接に身につけることであり、完全な真理を獲得することである。」(p.72)

ここで述べられている「完全な真理を獲得する」ための学び方を、僕は「実学として学ぶ」としてとらえている。

実学というと一般的には、「実際に役立つ学問。応用を旨とする科学。法律学・医学・経済学・工学の類。」(『広辞苑』第五版)とか、「理論より実用性や技術を重んじ、実生活にすぐに役立つ学問。農学・工学・医学など。」(『例解新国語辞典』第六版)などと言われている。確かに僕のいう「実学として学ぶ」というのは、「実際に役立つ」ように学ぶという意味である。しかし、医学は実学で哲学は虚学だ、というような区別ではないと僕は考えている。例えば、医学生が学んでいる膨大な量の知識が、全て「実際に役立つ」であろうか。また、哲学が「実生活にすぐに役立つ学問」ではないと言い切れるであろうか。答えは否である。医学とて、役に立つような学び方もあれば、役に立たない、単なる知識と化す学び方もある。哲学といっても、普通いわれているような実際の役に立たない丸暗記(などというと批判されそうだが、僕の理解ではカントやヘーゲルを、何ら学的実践を行っていない学部生や院生、大学の先生方が、ただその著作を読んだだけで理解できるはずがないから、結局自分なりの解釈を暗記しているだけである。これはイチローのバッティングを素人が見て理解できるか、武道の達人の動きを素人が見て理解できるか、より一般的には達人の表現を見ただけで、その背後にある認識を追体験できるのか、できるはずがないということと全く同じである)の学び方だけでなく、実生活に役立つような学び方もあるはずである。河合栄治郎は『学生に与う』の中で次のように力説しているが、これは哲学を実学として学べということだと僕は理解している。

「理想主義は高遠なる哲学である。しかし高遠なるが故にこそ、われわれの日常生活の隅々にまで、浸透せしめなければならない、実にわれわれのあらゆる生活場面まで、漏らすことなき指導の原理となりうること、ここに理想主義の哲学としての特質がなければならない。」

「人間の解剖は猿の解剖のための一つの鍵である」(カール・マルクス「経済学批判への序説」、『経済学批判』国民文庫、p.301)的な観点から、三浦つとむの「完全な真理を獲得する」ための学び方を、僕的にいえば「実学的に学ぶ」ということを、南郷継正技論的にとらえてみると、「使うために創る」とスッキリとまとめることができると思う。すなわち、いくら形が見事であっても、使えない技は意味がない。技とはそもそも使うために創るという媒介関係があるのだから、使えるように創らなければならない。いうまでもなく、弁証法などの知識も、認識の技である。

使うために創った技と、単に形だけ見事に創ったが結局使えない技の典型として、英語圏に留学した高校生などが話すブロークン・イングリッシュと、いわゆる受験英語が挙げられる。前者はともかく会話によるコミュニケーションのためにそれなりに使える技である。それに対して、後者は英米人にも劣らない正確で細かな文法知識を持っている受験生もいるほどだが、すぐに英会話に使える技であるとは言い難い(もっとも、大学入試には使えるが)。

では、実学として学ぶ、あるいは使うために創るには、どのようにすればよいのか。答えは三浦つとむもいっているように「実践をとおして」学ぶということである。板倉聖宣的にいうと「科学的認識は実験によって成立する」である。例えば、弁証法の量質転化の法則を実学として学ぶとは、頭の中に量質転化の像を創ることである。その像を使えるように創らなければならない。単に教科書を読んだだけでは、薄っぺらな知識になってしまい、ひどい場合は「量的変化は質的変化をもたらす」という文字表象があるだけである。これでは「実践の指針」として、現実の対象の中から弁証法性を見出し、それを問題解決の役に立てることなどできない。そこで、様々な実験をくり返して、量質転化の像を厚みのあるものにしていかなければならない。事実と繋げて理解していく、といってもいい。実験は自分が主体的に行うのであるから、その結果創られていく像には主体性が帯びる(つまり、自らが、自らの責任で自ら使うために創ったという性格)。また、自らの五感器官を通して量質転化の事実を反映させることになるのであるから、自分の頭の中には量質転化の像が五感情像として創られていくことになる。単なる読書によって得た知識は、一感情像であるから、その厚みが全く違う。このようにして実験をくり返しの上にもくり返すことによって、「量質転化は絶対に間違いない!」という確信にいたったとき、量質転化の知識は、単なる知識から論理になったといえるのではないか。この一連の学びの過程を僕は「実学として学ぶ」ととらえているのである。

以上要するに、三浦つとむのいう「完全な真理を獲得する」とは、実学として学ぶということであり、これは観点次第では、使うために創るとか、実践的に理解するとか、事実と繋げて理解するとか、厚みのある像を創るとか、主体的に学ぶとか、論理を五感情像として創るとか、知識を論理化するとかいったように、様々に表現可能である。
liger_oneさんへ
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2005年07月06日

used to・wouldと助動詞+have+過去分詞

今日は高校一年生に助動詞の発展編を教えた。

まず、「過去の習慣」を表すused toとwouldを説明した。初めから両者の区別を説くと混乱すると思ったので、最初は両方とも「過去の習慣」を表し、「以前は〜だった」と訳せばよいと教えた。そして例文を示したあと、両者の違いとして、1.現在とは違うことを言いたい場合、2.状態動詞(例えばbe動詞やhave)の場合は、used toを用いることを説明した。本当は無生物主語の場合もused toを使うということにも触れたかったが、なんせ偏差値的にはかなり低い高校の生徒であるし、さらに個人的にも英語が不得意な生徒もおり、またそこまでの知識を使わないと解けないような問題もなかったので省いた(ちなみに、自分自身が高校のときに使っていたチャート式『基礎からの総合英語』には、used toが規則的行為、wouldが不規則的行為に用いられるという、古典的(?)区別しか書かれていなかった)。その後問題を解かせると、used toかwouldかを選ぶ問題で、後ろがbeだからused toが正解という問題があった。正しい答えを選択できていたが、「なぜそっち?」と聞いても、しっかり答えられなかった。

次に、特殊な助動詞として、needを教えた。何が特殊かというと、助動詞としてのneedは否定文と疑問文でしか使えないという点だ。参考までに、肯定文のときは本動詞(この言葉自体は使わず、動詞と言っておいた)のneed(s)を使うことに触れた。なお、本動詞には過去形があるが、助動詞の方にはない(同じような使い方をするdareは、助動詞・本動詞ともに過去形がある)とか、否定文・疑問文でも本動詞を使えるとか、そういうややこしいことには一切触れていない。高校生、特にこの生徒のように英語が不得意な子にとっては、肯定文のときには本動詞を使うという時点で、相当ややこしいはずだ。

最後に、助動詞の単元での最頻出事項ともいえる助動詞+have+過去分詞(p.p.)を扱った。初めに次の例文を示した。

He may know it.「彼はそれを知っているかもしれない。」

もっとも、この生徒は、mayに「かもしれない」という意味があることすら、しっかりと覚えてはいなかったのだが。これは、「現在から現在のことを推量している」として、数直線に図示した。次に、

He may have known it.「彼はそれを知っていたかもしれない。」

と書き、このように助動詞+have+過去分詞の場合は、「現在から過去のことを推量している」と一般化して、これも数直線上で図解した。つまり、推量しているのは現在だが、推量している対象は過去のことというわけである。過去のことなら過去形で書けばよさそうだが、助動詞の後ろは原形という決まりがあるので、仕方なく完了形(have+p.p.)で代用している。

ここまでである程度理解してもらえたと読んでいたのだが、イマイチよく分からないという表情にみえる。そこで次にmust+原形(〜にちがいない)の例文とmust+have+p.p.(〜だったにちがいない)の例文と訳を書くと、その時点で「あ〜、なんか分かってきた」という反応が返ってきた。

なるほど具体例というのは一つではあまり意味がないのだと思った。確かに、こちら(指導者)側の認識としては、「現在から過去のことを推量する場合は、助動詞+have+過去分詞」という一般的な原則があって、その具体例としてmayの例文を出している、つまり、全体の中の部分として具体例を出しているのだが、生徒(被指導者)から見ると、一つ具体例を出されただけでは、その一般的な原則がぴんと来ないのである。そもそも原則とか論理とかいうものは、複数の対象の中に潜む共通性をとらえたものであるから、教える際にも、被指導者に実際に複数の対象から共通性を見出すことをやらせなければ、真に理解させたことにはならない。たとえ二つの例文であって、その中から、「なるほど、may have p.p.(〜だったかもしれない)も、must have p.p.(〜だったにちがいない)も、ともに現在から過去のことを推量しているな」というふうに原則が抽出された過程を辿らないと、得心はできないのだ。

mustのあとは、must「〜にちがいない」(肯定的確信)とちょうど逆の意味(否定的確信)になるcannot「〜のはずがない」も同様な使い方があることを例文とともに示した。また、推量とは違うが、同じように「現在から過去のことについて」の判断を示すshould(ought to)+have+過去分詞やneed not+have+過去分詞も解説した。これらはヨリ正確には、現在から、過去において実行されなかった行為に対する後悔や非難を表すといえよう。

授業後、この生徒が、「塾の英語の授業は、時間が早く過ぎるように感じる。学校の授業とか、塾の数学の授業は長く感じるのに」と言っていた。このクラスに関しては、生徒を授業に集中させることに成功していると、素直に喜んでおいていいだろう。
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この一ヶ月ちょっと――仲間の死を悼む

一ヶ月以上更新しなかったが、その間にいろいろなことがあった。

1.同じ場で弁証法・認識論の勉強をしていた仲間が亡くなった(ことを知った)。
2.ある決意をした。
3.心理学関係を中心に本を50冊ほど買った。
4.スカパー!のアンテナ・チューナーを購入して放送大学を見始めた。
5.滝村国家論の読書会再開が決定した。

1はとてもショックだった。この方を仮にAさんとしておこう。Aさんとの出会いは、今から数年前に遡る。それ以前からメールでやりとりはしていたのだが、実際で会ってみると、予想に反して大柄だったことにひどく驚いたことを覚えている。メールを読んで描いていたイメージは、なぜかひょろっとした人、というものであった。

Aさんの車に乗ってとある場所に向かっている途中、突然後ろの車に衝突された。Aさんが朝入れてきたというドリップ・コーヒーをいただいている最中だったので、その衝撃でコーヒーが飛び散って服にかかってしまった。後ろを振り返ると、その車は「キュルキュルキュルーッ!」と音を立てて、もの凄い勢いでバックしたかと思うと、再び前進し始め、衝突しそうになるとまたバックするということをくり返していた。僕がまた衝突されるかもしれないとアタフタしていると、Aさんは落ち着いた様子で、「完全にパニクってますね。認識論ですね。」とおっしゃった。

僕はこの「認識論ですね」という言葉をきいて、新鮮な、嬉しいというか喜ばしいというか、思わず心が躍るというか、そんな気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。この時までは、面と向かって弁証法だの認識論だのと論じ会える仲間はたった一人しかいなかったのだ。考えてみれば、弁証法大学でもなく、弁証法を重視している看護学の研究会や空手の団体とも一切関係のない大学で、その一人と邂逅できたこと自体が奇跡的なのだが、そのたった一人の仲間以外の口から「認識論」という言葉が発せられたことが新鮮であり、ワクワクするような体験だったのである。

そんな初対面のときからわずかな期間しか経っておらず、わずかな回数しか直接には会っていなかったが、貴重な学びの場を紹介してくださったという意味で、そしてライバルとして競い合いながら弁証法・認識論をともに学んだという意味で、僕の人生に大きな影響を与えてくださった人物であった。

先日、長野市にあるお宅に弔問に伺った。高速で飛ばしに飛ばして三時間半ほどかかった。Aさんの奥さんが、いろいろとお話ししてくださった。その奥さんの話によると、Aさんは30歳を超えてから、アトピーで体の弱い娘さんのために脱サラ、鍼灸師養成の学校を経て鍼灸師となり、その後に弁証法の学びを開始されたらしい。鍼灸師養成学校の卒業と、その娘さんの卒園・入学の時期が重なったのか、そのころのAさんの娘に対する思いを綴った手紙を見せていただいた。非常にまっすぐな性格と、娘さんに対する深い愛情がにじみ出ていた。奥さんが何度も何度も、「主人は、娘を一生分かわいがってくれました」とおっしゃっていたのが印象的だった。

勘違いかもしれないが、Aさんは僕が若いということで、相当期待されていたように思う。亡くなるほんの一週間ほど前には、僕の弟が大学の講義を毎回レポートにまとめて僕に送っているということを知って、『綜合看護』の「“夢”講義」で紹介されていた心理学科の学生と重ね合わせた上で、「一度そんなすごい認識の人に直に触れてみたい」とおっしゃっていた。僕としても、弟をAさんに会わせることができなかったのは残念で仕方がない。あの熱心で、必死で、ひたむきな姿勢に触れるだけで、大いに励まされ、「俺もやるぞ!」という気にさせてくれるからだ。

そんなAさんの期待に応えるべく、今後はこれまで以上に論理の研鑽を重ねていきたい。そして自分の実力を高めることによって、恩返しができればと思っている。
posted by 寄筆一元 at 22:40| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする